GANTZの作者は仏教徒?~描写がけっこう仏教っぽい(ネタバレ注意)


 

いまごろGANTZか~い!

 

GANTZやっぱりおもろいわ~

 

GANTZ、もう5年も前に連載終了した漫画なんですが、少年ジャンプのアプリで3月からGANTZの無料集中連載があったんです。

 

GANTZといえば映画で嵐(あらし)の桜井君が主人公の玄野(くろの)君を松山ケンイチ君が加藤君を演じておりましたね。

映画は観たのですが、原作は読んだことがなかったので「ちょっと読んでみようかな」と思ったのが運のつき、まんまと集英社の思惑にはまって、読み始めてしまったのございます!

そしたらおもしろくて読むのとまんない(-ω-`*)

 

結局、無料集中連載が終了した後も課金して全話読んでしまったのでした(^◇^;)ハハハ・・・。




さて、このGANTZ、玄野君という主人公と、もう一人の主人公である加藤君がしょっぱなから電車にひかれて死んでしまうんですよ。

 

 

二人とも首がはね飛んで、意識が遠のいていく・・・、

次の瞬間、二人はまったく知らないマンションの一室と思われる部屋に転送されていたのでした。

 

 

人は死んだらどうなるのか?

 

さて、人は死んだら死後どうなるのでしょうか?

 

死んだらみんな仏様、そのまま天国へ旅立ちます・・・、なんて甘っちょろいことは仏教では言いません。

仏教では六道輪廻といって、人は死んだら六つの世界のどれかに生まれ変わるとしています。

参照:飛不動

 

私達は死んだら、その次の瞬間、天界、人間界、阿修羅界、餓鬼界、畜生界、地獄界のどれかに生まれ変わるのです。

 

そして、わたしたちが通常『幽霊』と呼んでいるのは、餓鬼道に生まれ変わった生命のことを指しているのです。

 

仏教では、天界の神様も、地獄に堕ちた者も、それぞれの世界の生命としてとらえます。

天界に住む生命のことをわたしたちは「神々」と呼び、餓鬼界に住む生命のことを見えた人が「幽霊」と呼んでいるのです。

次元が違うので、ふつう私達には感知することができません。

 

わたしがGANTZの作者が仏教徒もしくは仏教をかじったことがあるのではないかと思うのは、この死の瞬間の描写が一つあげられます。

 

死んだ瞬間、次の世界に生まれ変わるというのは、もちろんGANTZみたいにデジタルっぽいものではないでしょうが、感覚としてはああいう感じのものだろうと思うのです。

 

私達が死んでいくとき、次第に意識が遠のいていって、・・・・意識がなくなり死んだ次の瞬間、他の次元に転生すると仏教では教えます。

天界や阿修羅界や餓鬼界は化生(けしょう)といって、人間のような肉体を持ちませんから、死んだ瞬間に忽然と姿を現すのです。

また肉体を持たずに瞬間的に生れるため、人間だったときの記憶が残っています。

そのため、餓鬼道に生まれ変わると自分が死んだということに気づかないことが多いようです。

 

GANTZの作者さんは死後、別の次元に転生する様子をデジタルっぽく表現されていて、つくづく「うまいなぁ」と感心してしまったのでした。

 

これはわたしの勝手な想像ですが、GANTZの世界というのは阿修羅界をモデルに創られたのではないかと思っています。

阿修羅界というのは闘いにあけくれる次元です。

 

 

人間から人間に生まれ変わるのは稀有未曾有のこと

 

仏教では人間から人間に生まれ変わることは、稀有未曾有(けう・みぞう)のこととしています。

 

稀有(けう)というのは「めったにないこと」

未曾有(みぞう)というのは「ほぼないこと」

 

大体同じ意味なんですね。

それを二つかけ合わせて「絶対ではないが、確率的にほぼない」という意味になっています。

 

そのくらい人間から人間に生まれ変わるというのは難しいんですね。

人間界というのは実は「超人気激戦区」なのです。

天界・阿修羅界・餓鬼界の生命は人間に生まれ変わりたくて仕方ないのです。

競争率が半端ないのです。

何故かというと、人間は心をダイナミックに変化させることができるため、善い行いも悪い行いも自分の意思でできるからです。

 

ちなみに畜生界(微生物から人間界以外の哺乳類まで含む)の生命は、無知の煩悩が強すぎてそういうことを考えることはできません。

また地獄界の生命はすさまじい苦痛の中にあるので、そういうことを考える暇さえありません。

 

ですから、生きるというのは大変なことですが、日本に生まれてくるということだけでも、わたしたちの業(カルマ)はすごくよかったということなのです。

 

そして、実はわたしたちは生きている間も輪廻転生しているようなもんなんです。

 

すごく嬉しいことがあって天にも舞い上がる気持ちになったり(天界)、ものすごくつらいことがあると、どうしようもなく絶望的な気持ちになったりします(地獄)。

 

詳しくはこちらのサイトを参考にしてください

→人は心の中で六道を輪廻している

 

生きるというのはそういうもんなのです。

生きていればときに地獄をみるようなこともあるでしょう。

しかし、心が地獄におちいっている状態で、自殺をしたら死後の転生先も地獄の可能性が高いのです。

 

何故かというと、仏教では人は死んだときの心の状態で次の転生先が決まるとされているからです。

 

ですから、どんなに人生が辛く厳しいものであったとしても、できるだけ心を明るく、優しく、前向きになるように努力して生きたほうがいいのです。

 

なにしろ、人間は寿命が数十年と短いですが、それ以外の次元の生命となると寿命がものすごく長くなってしまうのです。

地獄なんかに行こうものなら、わたしたちの感覚でいったら永遠に思われるほど長い間苦しむことになります。

しかも、死んでそこから逃げるということさえできません。

 

死んだあとのことも考えて生きるのなら、善い行いをして善い心で生きるということは必要不可欠なのです。

 

GANTZの作者は仏教徒?~人間の命はちりやゴミと変わらない?(ネタバレ注意)に続きます。

 

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/

 

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