自分の怒りにあてはめて観察しよう~仏教での怒りは10種類に分類されている


 

怒りを分類して観察する

 

 

怒りはどんどん育っていく

 

怒りの感情とは放っておくと、どんどん育っていく危険な感情です。

かつての私も怒りっぽかったので、本当にこれはよくわかります。

柱に足をぶつけただけでも怒ってしまう情けない性格だった私でございました( ノД`)

 

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しかも、怒りにまかせた生き方をしていると「怒りたくないのに、怒ってしまう」という状態になってしまいます。

「本能」に「理性」が負けている状態です。




幸せになるには「理性」が「本能」にまさっていることが絶対に必要です。

怒りっぽい性格を放置しておくと幸せになることができません。

 

ですので、仏教では怒りの種類を精密に分類し、それを観察することで怒りを撃退しましょうと言っています。

 

普段、私たちは怒りをせいぜい大・中・小くらいにしか分類してないと思います。

というか、分類するという考え自体がない方のほうが断然多いことでしょう。

 

しかし、仏教は怒りを分類して、よく観察し、怒りを撃退することで心を育てなさいと教えてくれます。

 

わずかな怒りも見逃さず、観察することで怒りを撃退し、心を常にハッピーな状態にするように心がけましょう( ゚▽゚)/

 

 

怒りの種類

 

ここでは怒りの種類を日本語とパーリー語(お釈迦様の時代に使われていた古い言葉)の二つで説明します。

ローマ字がパーリー語です。

 

1.「基本的な怒り【Dosa】」

【Dosa】(ドーサ)とは「いやだ」と感じる暗い気分の怒りすべてです。

「つまらない」「退屈」などの気分も含まれます。

この【Dosa】(ドーサ)が基本的な怒りになります。

 

2.「増悪【Vera】」

【Vera】(ヴェーラ)は基本的な怒り【Dosa】(ドーサ)が強くなって、外見にあらわれるほど高まった状態です。

【Dosa】(ドーサ)を放置しておいたために心が暗さを増し歯ぎしりをしたり手が震えたりなど、体の状態に影響を与えるまで、怒りが育ったものです。

自分でも「今、自分は怒っている」感じられるので、気づきやすい怒りです。

 

3.「恨み【Upanāha】」

【Upanāha】(ウパナーハ)は、基本的な怒りである【Dosa】(ドーサ)が芽生えた後、それをくりかえし思い出すことによって増幅されてしまった怒りのことです。

その特徴は「忘れがたい」ということです。

一度起きた【Dosa】(ドーサ)を忘れられず、思い返し続けるせいで妄想がふくらみ、いつも不幸な状態になってしまうのです。

 

4.「軽視【Makkaha】」

【Makkaha】(マッカ)は人のよいところを軽視する感情です。

この気持ちも最初は基本的な怒りである【Dosa】(ドーサ)から始まります。

人を見たとき、その悪いところや弱点をみたいという気持ちは【Dosa】(ドーサ)の段階です。

しかし、その人が長所や能力をもっていて、「大いたことない」と思いたいのにできないとき、強い怒り【Makkaha】(マッカ)が生まれます。

 

5.「張り合い【Pālasa】」

【Pālasa】(パラーサ)は戦いつづけること、相手をつぶそうとし続けることです。

はじめは、基本的な怒り【Dosa】(ドーサ)の範囲内にとどまっています。

相手に対して「勝ちたい」と感じる程度です。

しかし、この「勝ちたい」・「相手をつぶしたい」という気持ちが度を超えるといくら攻撃してもおさまらない怒りの【Pālasa】(パラーサ)となります。

 

6.「嫉妬【Issā】」

【Issā】(イッサー)は、相手の悪いところを見たいという暗い気持ちである【Dosa】(ドーサ)を抱いたときに相手のよいところが見えてしまうときに生じます。

相手の長所が見えるときの怒りが、相手に向かうと【Makkaha】(マッカ:軽視)ですが、「なぜ私にあんな長所がないのか」と自分に向かうと【Issā】(イッサー:嫉妬)になります。

比べる相手は無数にいるので、【Issā】(イッサー)も増幅します。

 

7.「物惜しみ【Macchariya】」

【Macchariya】(マッチャリヤ)自分が持っている幸せや楽しみを人に分けてあげたくないという感情です。

人が自分と楽しみを分かちあうと損をしたように思うケチな気持ちです。

他人と喜びを共有できないため心が暗くなり不幸になるのですが、その不幸に気がつかず幸せを独占しようとするのです。

 

8.「反抗心【Dubbaca】」

【Dubbaca】(ドゥッパチャ)は自我が強くて、人の忠告や教えに対して反発をもつ感情です。

他人や世間とのコミュニケーションを拒絶している状態ですが、それでも人間は他人とかかわらずには生きていけませんから、常に嫌な思いをします。

そして、忠告や教えを聞き入れられないので人間としての成長も止まっていまう、恐ろしい怒りです。

 

9.「後悔【Kukkucca】」

【Kukkucca】(クックッチャ)は後悔です。

これは過去に失敗した経験を思い出したときに自分に向かってだく怒りです。

いやな気分を何度も繰りかえしてしまい、明るい思考ができなくなります。

心が過去にとらわれてしまうので、前に進めなくなり、成長が止まってしまう、たちの悪いいかりです。

 

10.「激怒【Byāpāda】」

【Byāpāda】(ビャーパーダ)は、基本的な怒り【Dosa】(ドーサ)が度を超えた状態です。

【Dosa】(ドーサ)そのものが単独で成長したということです。

壊したい、他人を不幸にしたいという気持ちですが、はっきりとした理由がありません。

そのため、妄想が無限にふくらみ「どこまでも破壊してやる」ときりもなく考えます。

大量殺戮(さつりく)につながる感情です。

 

まとめ

 

さて、私が普段【激怒】と呼んでいる状態は 2.の「増悪【Vera】」(ヴェーラ)と 3.の「恨み【Upanāha】」(ウパーナーハ)が入り混じった状態のようです。

この状態は本当に心が苦しい状態です。

 

さらにその上をいく 10.の「激怒【Byāpāda】」(ビャーパーダ)は最近おこった相模原の障害者施設での大量殺人に当てはまる怒りです。

人生を終わらせる恐ろしい怒りです。

ここまでご自分の怒りを育てないように、よくよく注意いたしましょう。

 

しかし、よ~く観察してみると、私たちの心のなかはここに分類された怒りが様々に入り組んで、心の中に存在しています。

 

私が最近になって気づいたのが 5.の「張り合い【Pālasa】」(パラーサ)が思考パターンのなかにあることでした。

 

強くはないので、なかなか気づかなかったのですが、確かに私の思考パターンの中に組み込まれていて、それが私の人生をおかしな方向へ向かわせていたのです。

 

育ってきた環境や、前世から引きついだものもあるのでしょうが、知らずしらず自分の心の中に組み込まれている様々な怒りの感情が、人生を悪いほうへ悪いほうへと進めていきます。

 

自分の意識にいつの間にか刷り込まれている、そういった悪感情に気づくのが、人生の課題といえるでしょう。

 

しかし、気づくのって難しい( ノД`)

 

難しいから「人生の課題」なんでしょうが、本当に自分の心というのは、わかりづらいし、うそをつくし、隠すし、よくよく観察して、つねに見張ってないと、何をしでかすかわかったものではありません。

 

みなさんも、自分にいやなことばかり起こると思ったら、自分のこころをよく観察してみましょうね。

必ず、何かしらの原因を見つけることができます。

 

自分の怒りを乗り越えるのに読んだ本を載せておくので、どうぞみなさまも参考にされてください( ゚▽゚)/

 

 

 

 

関連記事: 激怒してしまって怒りがおさまらないときの注意点








記事一覧はこちら→「心を洗う」


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「自分の怒りにあてはめて観察しよう~仏教での怒りは10種類に分類されている」への4件のフィードバック

  1. はじめまして。
    2番(ヴェーラ)と3番(ウパーナーハ)が組み合わさった怒りのタイプ、自分も全く同じ怒りのタイプなので、この記事を見てまさにマッチしていたので、とても驚きました。

    実は先日、家庭内でトラブルがありまして、俺と父親が口論になり、自分の手が父親の顔面に当たってしまい(目の当たり)、父の顔が真っ赤に腫れてしまい、父母揃って警察へ相談しに行き、警察官5〜6人でパトカーが家に来て(逮捕ではありません)、相談と事情を聞くために警察署へ行き、警察が自分と父母にそれぞれやんわりと注意をして、何とか解決し帰宅しました。
    自分は警察沙汰になったことなど1度もなく、パトカーが家に来てとても驚きました。
    中には暴れる人もいるので、危険を予測してパトカーや複数人で家まで行かなければならないというのが警察の規律なので、仕方ないことのようです。
    帰りに家まで送ってきてくれる時は普通の自動車でした。
    警察の方はみんないい人たちでした。

    「怒」と「悲」、この2つは人間の最大の敵であると思っています。
    怒は犯罪に、悲は自殺に繋がってしまいます。
    管理人さんが教えてくれた本をとりあえず緊急で購入するので、読んでみます。

    1. hさん、こんにちは!

      ふんふん、お父様と一悶着あったようですね。
      hさんが、おいくつなのかわからないので何とも言えないのですが、とりあえず未成年であるという前提で書こうと思います。

      怒りというのは、自分でコントロールできないと非常に危険な感情です。
      今回のように意図しなくても、人を傷つけてしまうことがあります。

      昔の私は、つねに怒りを抱いて生きている状態でした。
      親に怒り、周りに怒り、社会に対して怒っていました。
      そして、怒るのが半ば当然だと思っていました。
      「わたしは怒りたくないのに、周りが怒らせるのだ」と思っていたのです。
      本当に、人間としての器が小さい情けない人間でした。

      そして、怒りはわたしをまったく幸せにしてくれませんでした。
      どんどん人生を悪いほうへとすすめていきました。

      「怒りはわたしを幸せにしなかった」

      このことに気づいてから、わたしは怒りをコントロールしようと努力しはじめたのです。

      hさんも、ご自分の怒りに気づかれたのなら、是非怒りをコントロールする努力をなさってみてください。
      もちろんはじめはなかなかうまくいかないと思います。

      「千里の道も一歩から」
      「ローマは一日にしてならず」

      怒りをなんとかしようとがんばりはじめたころ、私が自分によく言いきかせていた格言です(笑)

      ちなみにどのような家族も様々な問題を抱えています。
      うちもそうです。
      なぜなら、親もわたしも兄弟も人間だからです。
      問題がおきて当たり前なのです。
      それにどう対処していくかで人間の力量を試されるのです。

      親は教師にもなってくれるし、反面教師にもなってくれます。
      どちらかというと反面教師の部分が大きいです。
      しかし、そこから多くを学ぶことができます。
      それは両親だけでなく世の中会う人すべてに当てはまります。

      「いいところはまねる。悪いところは自分がそうならないようにする。」
      そう思って人と接するとよろしいのではないでしょうか。

      もし、お父様とどうしてもあわないのなら、就職したら一人暮らしを始めてみるといいですよ。
      一人で暮らすと、親のありがたさがよくわかります。
      距離もおけるので、冷静になって接することができますしね。
      働き出すと、お父様の苦労もわかってくるようになるかもしれません。

      両親をはじめとして、いろんな人に会って、いろんな経験をすることで人は成長できるのです。

      hさんが怒りで胸が焼けつくようなあの痛みや苦しみから少しでもはやく逃れられるようにと祈っています。

  2. 返信ありがとうございます。
    俺は20代後半です、未成年ではありません。
    1人暮らしは数年間したことがあります、外国にも1人で住んでいました。
    危ないスラム街にも住んでいたことがあります。
    勝手に未成年と判断して独断専行するのはやめて頂きたい。

    父親は理詰めで相手を細かい理屈で屈服させようとする人間で、世渡り下手で人を動かすことができない人生を送って来たようです。

    父親を反面教師にもしてきましたし、悪い所は真似をしないようにもしてきました。

    怒りを抑えるには、小手先の精神論ではなく、合理性のある手法が必要だと思います。
    頭で考えたことをそつなく実行できるほど人間は完璧ではなく、現実もまた違うと思います。
    いくら頭で考えて精神論を意識しても、限界があると思います。それだけでは足りないということです。
    特に男の場合、そういう人が多いのではないのでしょうか。
    例えば牛乳を飲んでカルシウムを摂るとか、そういうことが合理性のある具体的な手法になると思います。
    筋の通った合理的なやり方が必要だと思います。
    なので、前回書いたように、本を読んでみます。

    父とのトラブルを避けるために、予め口論をしないようにします。そして、ヤバいと思った時には私のほうから警察や司法など第三者に連絡をし力を借りる、それが筋の通った手段だと思っています。

    1. そうでしたか。
      それは失礼いたしました。

      とりあえず、今ご自分にできることを色々試されてはいかかですか?
      わたしもいろいろやってみました。

      いろいろやってみると「自分の限界」がみえてきます。
      勝負はそこからです。

      幸運を祈ります。

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