【痛み】に【怒り】をくっつけないと楽にやりすごせる


 

わざわざ苦しみを大きくすることはない

 

 

【痛み】を【痛み】として観察する

 

わたしたちは体のどこかが痛いときに、同時に【怒り】を感じてしまうものです。

 

例えば柱に足の小指をぶつけたとき

「(#゚Д゚) 痛った~!、なんでこんなところに柱があるのっ!」

と、自分の不注意を棚にあげて、柱に怒りをぶつけたりします。

 

そうで~す!かつての私のことで~す( ゚▽゚)/




 

しかし、体のどこかが痛いときに、わざわざ【怒り】までくっつけて、さらに苦しみを大きくすることはないということを仏教で学ぶと、格段に【痛み】を楽にやりすごせることがわかったのです。

 

かつての自分を思うとき、なんとまあ、いらないことにまで【怒り】をくっつけて苦しみを増やしていたことよ・・・、と自分の愚かさを懐かしく思い出すのでございました。

 

仏教を学びはじめて、【痛み】はただの【痛み】という感覚であって【怒り】という感情とは別物ということがわかったときの衝撃(((゚Д゚)))

 

「え?痛いときに怒る必要ないの?」という感じでした。

 

生まれたときから「痛いのはいや」という感覚の中で生きてきていますから【痛み】と【怒り】がいつの間にやらワンセットになっていたわけです。

※仏教では「イヤだ」と感じる感情すべてを【怒り】に分類します。

 

これを意識的に【痛み】は【痛み】として観察して、【怒り】をそこにいれないようにすると、【怒り】という苦しみの感情がないぶん、楽に痛みをやりすごすことができるのです。

 

次から何かものにぶつかって猛烈に痛かったら「激痛」・「激痛」・「激痛」→「痛み」・「痛み」・「痛み」というように言葉で痛みに付箋をはるような感じで冷静に痛みを観察して、そこに怒りを割りこませないようにしてみましょう。

 

【痛み】に対する【恐怖感】も観察してみる

 

【痛み】というのは苦しい感覚です。

ですので、その「苦しみ」を想像するとき人は「恐怖感」を覚えます。

 

例えば「注射」

 

大人になっても「注射」は苦手という人は多いですね。

 

うちの会社では数年前からインフルエンザの蔓延をふせぐために、冬になると会社内でインフルエンザの注射を全員がうけなくてはならないのですが、観察しているといい大人がけっこう注射を痛がるんですね。

そして女性より男性のほうがおおげさに痛がります(笑)

 

また、よくよく観察してみますと、大げさに痛がる人というのは、注射を打たれる前から「痛み」に対する「恐怖感」で、「痛み」の妄想を頭のなかいっぱいに繰りひろげています。

その妄想がさらに妄想を呼び、「痛み」をさらにひどくさせるという悪循環。

 

【痛み】そのものは大したことはないのに、妄想によって【痛み】を大きくしてしまい、本来の【痛み】がどれくらいだったかなんてまったく分かっていないのです。

そのうえ「恐怖感」が意識にどんどん蓄積されていって「すごく痛かった」という記憶だけが残り、次回の注射でもまた怖い思いをするはめになるというのは、どう考えても損でしかありません。

 

しかし、よくよく考えてみると私たちの人生すべてがこのようなものではないでしょうか?

 

私たちは、ずーっと頭のなかで様々な思考や妄想を繰り広げていて「ありのままにものごとを観る」ということができない状態にあります。

注射される「痛み」でさえ「怖い」という妄想をくっつけて、正しく観ることができてない状態なのです。

 

ということは、私たちの想像以上に「妄想」は私たちの人生をおおげさに演出し、損な生き方をさせているということです。

 

反対に「ありのままにものごとを観る」ことができるように努力して、妄想をできるだけ排除するようにすれば、人生はかなり楽になるといえるでしょう。

 

それをつきつめていけば【悟り】にまで達します。

【悟り】というのは非常に穏やかで幸せで楽な心であるらしいのですが、「それはそうだろうなあ」と思います。

 

そのために【ヴィパッサナー】(マインドフルネス)という瞑想をお釈迦様は勧めていらっしゃるわけですね。

 

私たちは自分たちの【感覚】にいらない【感情】をくっつけるし、そこから出てくる【妄想】が更にむだに人生を不幸にしている状況なのです。

 

ですから【感覚】は【感覚】として観察し、【感情】は【感情】として観察して、いらない【妄想】をそこに入り込ませないようにするだけで、人生は劇的に楽になることでしょう。

 

要は、「いらんことを考えん」ということが幸せの秘訣ということですな( ゚▽゚)/

 

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