悩むべきことは何もない~「一分で読むブッダの教え」より


 

人生に悩んだときはブッダの教え

 

今日は、わたしが今読んでいる「一分で読むブッダの教え」というスマナサーラ長老が書かれた本から、みなさまに人生ですぐに役立ちそうな言葉をご紹介いたしますね(*゚∀゚*)

 

以下「一分で読むブッダの教え」よりの抜粋

 

悩むべきことは何もない

 

ある男の人がわたしとけんかをして家に帰ったとしましょう。

皆さんは、そういう場合どのような気分になりますか?

落ちこんだり悩んだりしそうですね。

しかし、けんかをして相手が帰るくらいのことは、世の中でごく普通の、あたりまえのことでしょう。

どうしてそれくらいのことで悩むのでしょうか。

 

ごく当たり前のことで悩むのなら今日のお天気のことで悩むのと同じです。

「今日雨が降らなくて困ったなぁ」と落ち込めばいいでしょう。

あるいは「今日暖かくてどうしよう」と落ち込めばいいでしょう。

そういうことであなたは落ち込むでしょうか?

 

さらに言えば人生で起こることはなんでも当たり前なのです。

ふしぎなことは一つも起こりません。

それなのに、なぜ悩んだり、怒ったりするのでしょうか?



生きるのに必要な力

 

私たちが生きているこの世の中でやるべきことは何でしょう?

どうすれば怒りを抑えられるのか、

どうすれば嫉妬を抑えられるのか、

どうすれば相手を憎まなくて済むのか、

どうすれば仲良くできるのか、

必要なのはそういうことではないでしょうか。

 

いじめられても、それに耐えられる精神をどうやってつくるか、

経済状況が悪化しても、とにかく持ちこたえるためにはどうすればよいか、

そんな現実的に生き抜く力をつけることです。

 

 

あなたを守れるのはあなた一個人

 

宇宙の力であろうが自然の力であろうが、世の中の自然法則は想像もできないほどの力をもった、ものすごく怖いものです。

地球の自然と私一人を比較してみたら、私個人には何の価値もなくなるほどのものです。

そのような個人にとって絶対的な脅威を「神」と呼ぶことでごまかしているのではないかと感じます。

 

残念ながら神はいません。

守ってくれるナントカ様もいません。

自分を守れるのは自分だけです。

人生は、だれの人生でも実際にそうなっているのです。



反省は好結果につながる

 

「悩み」と「反省」の区別がついていない人がいます。

「反省」を悩むための自分自身への言い訳にして、自分は悩んでなんかいない、反省しているんだと言ってさらに悩むのです。

 

反省というのは「原因」と「結果」を再評価することです。

なぜこの結果になったかと考える明確な再検討(restudy)です。

反省をしたら失敗した原因などが明確になりますから、よいコンディションになります。

だから次は、前よりもよい結果がでるでしょう。

 

 

まとめ

 

生きてりゃ、いろいろあらぁな( `^ω^)=3

 

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/









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