ヴェーラーマー経:瞑想が超ポジティブに実践できるようになる!


ヴェーラーマー経とは

 

4月28日、誓教寺の花祭りの前日の瞑想会の最後に、ヤサ長老から『ヴェーラーマ経』というお経についての法話がありました。

 

この『ヴェーラーマ経』というのは、大富豪のアナータピンディカに対してお釈迦様が説法されたものですが、このお経の最大のポイントは『ヴィッパサナー瞑想こそが最大の功徳を積むことができる』というところにあります。

 

アナータピンディカという人は当時ものすごい大富豪だった方で、しかもとても親切でおもいやりにあふれた方だったようです。

 

といいますのも『アナータピンディカ』というのはあだ名で、本名は『スダッタ』という名前だったそうですが、いつも貧しい人や孤独な人に食べ物を施していたので『アナータピンディカ(孤独な者に食を供給する者、給孤独:ぎつこどく)』と呼ばれるほどだったからです。

 

さて、この大富豪アナータピンディカが一時期不運が重なって貧しくなってしまった時がありました。

 

参考記事:ジャータカ物語(日本テーラワーダ仏教協会)



この時期にアナータピンディカがお布施して建立された祇園精舎にお釈迦様が滞在されていた時に、お布施に来たアナータピンディカに声をかけられます。

 

「あなたの家族は食事のお布施をしていますか?」

 

その問いに対して、アナータピンディカは

「していますが、今は割れた米で炊いたご飯と酸っぱいお粥だけです。」と答えました。
※貧しい内容のお布施という意味

 

以前はものすごい豪華な食事のお布施をしていたのに、今はそれが出来なくなったので、がっかりしていたようです。

 

そんなアナータピンディカに対してお釈迦様はヴェーラーマというバラモンのお布施の話を交えて次のような話をされました。

 

お布施は心が大切

 

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出典:ltwist.com

 

 

 

 

 

 

お布施の内容が質素であっても、贅沢なものであっても、清らかな心でで相手の人に尊敬の念もって丁寧な気持ちでお布施をすることこそが最も重要です。

 

そのような気持ちがを持たずに、例えば貧しい人に対して「仕方なく」とか「持って行け」というような見下した気持ちでお布施をしたり、他人に対して「いいところを見せたい」など、そのような邪まな気持ちでお布施をすると、お布施をしたという善果で(来世において)富豪に生まれたとしても、その富を享受することができないという結果が生じます。

 

例えば豪華な食事ができるのに胃腸がそれを受け付けないとか、贅沢な衣類を楽しむことができるのに着ようと思えないとか、置かれた環境のせいで着ることができないなど、富があったとしてもその富を楽しむことができないのです。

 

また、家族があったとしても反抗的で使用人たちも言うことをきいてくれません。

 

反対に清らかな心で、相手に尊敬の念をもって、丁寧な気持ちでお布施をすれば、その善果で(来世において)富豪に生まれたとしたら、その富を十分に享受することができるのです。

 

また家族があれば皆従順で仲がよく、使用人も言うことをよくきいてくれます。

 

※お布施をするときには、心も清らかでないと、ちぐはぐな結果を受け取ってしまうということです。

 

最大の功徳が積める行いとは?

 

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出典:natsukijun.com

 

 

 

 

 

 

 

さて、あるところにヴェーラーマーというバラモンがいました。

このバラモンヴェーラーマーがある人にお布施をしました。

 

そのお布施の内容はというと天文学的に豪華なお布施で、例えば8万4千の金の器に銀貨をいっぱい入れたものや8万4千のライオンの皮を敷いた馬車、8万4千の牛、8万4千の女性・・・などなど流れる川のごとく様々なお布施をしていました。

 

※8万4千という数字は当時の『数えきれないほどの』という意味の形容詞のようです。

 

とにかくこのバラモンヴェーラーマーは豪華なお布施をどんどんしていたのですが、そのお布施をされる側の人が、いいかげんで心も清らかではなく、全く徳の無い人であったので、せっかく豪華なお布施をしても得られる功徳は小さいものでした。

 

※お布施をする側の心の清らかさも大切ですが、される側の徳の高さも重要ということです。

 

お釈迦様は続けてこのようにおっしゃいました。

バラモンヴェーラーマーがしたお布施よりも一人の預流果(よるか)にお布施をしたほうがより大きな功徳を得ることができます。
※預流果(よるか):悟りの第一段階に入った聖者のこと

 

また100人の預流果よりも1人の一来果(いちらいか)にお布施をしたほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。
※一来果:悟りの第二段階に入った聖者のこと

 

また100人の一来果よりも一人の不還果(ふげんか)にお布施をしたほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。
※不還果:悟りの第三段階に入った聖者のこと

 

また100人の不還果よりも一人の阿羅漢果(あらかんか)にお布施をしたほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。
※阿羅漢果:完全な悟りを開いた聖者のこと

 

また100人の阿羅漢果よりも一人の独覚仏陀(どっかくぶっだ)にお布施をしたほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。
※独覚仏陀:独りで悟りを開いたけれど、その内容を誰にも伝えることのない仏陀

 

また100人の独覚仏陀よりも一人の正自覚者(しょうじかくしゃ)にお布施をしたほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。
※正自覚者:独りで悟りを開いたあと、その内容を人々に伝える仏陀

 

また100人の正自覚者よりも仏陀(ぶっだ)を筆頭とするサンガ(僧団)にお布施をしたほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。

 

また仏陀(ぶっだ)を筆頭とするサンガにお布施するよりも四方サンガに精舎を建立したほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。
※四方サンガに精舎を寄付すると、世界各国の僧がそこを利用することができる

 

また四方サンガに精舎を建立するよりも清らかな信でもって仏・法・僧に帰依するほうが、さらに大きな功徳を得ることができます。

 

また仏・法・僧に帰依するよりも清らかな心で持って、五戒を守ろうとすることこそがさらに大きな功徳を得ることができます。
※五戒:殺さない、盗まない、不倫をしない、うそをつかない、酒を飲まないこと

 

また五戒を守るよりも牛の乳を1回しぼるほどの時間(1~2秒ほどの短い間)慈悲の瞑想をすることこそがさらに大きな功徳を得ることができます。

 

また短い時間慈悲の瞑想をするよりも指をパチンとはじく一瞬の間でも無常の観察をすることこそが、どのようなお布施をするよりも最大の功徳を得ることができます。
※無常の観察:ヴィパッサナー瞑想のこと

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出典:studyenglish.at.webry.info

 

 

 

 

 

 

 

 

このようにお釈迦様は言われて、アナータピンディカを励まされたのでした。

 

まとめ

 

ヤサ長老は、このお経を通して一時間座る瞑想をしなければ意味がないと思うのではなく、一瞬でも観察することこそ重要であるということを教えてくださいました。

 

また、一瞬でもできたという喜びをもって実践していってほしいと言われました。

 

実は私は、日常生活においてもできるだけ観察をしようと心がけてはいても、すぐに心が他のことにいってしまい「私ってダメだな~」とネガティブにとらえていたのですが、このお経を教えていただいてから一瞬でも観察ができると「できた!」というポジティブ思考に変わることができて、本当によかったです。

 

日本人は全体的に私のようにできないことに焦点をあててしまう人が多いので、このお経はまさに日本人向けといえると思います。

 

何しろ一瞬でも観察ができれば最高の功徳が積めるのなら、ポイントを貯める気持ちでやる気になるってものです。

 

この法話を聞いて本当によかったと思ったのでした♪

 

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悟りの4つのステージ

 

この本は誓教寺のご住職が書かれたもので、私も読みましたが「預流果」・「一来果」・「不還果」・「阿羅漢果」に至る悟りの段階をわかりやすく説明してあり、このお経について理解を深めるのにぴったりの内容になっています。

 

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