自分の【死】を見つめることで今の【生き方】を変えてみる


 

人は自分の【死】から目をそむける

 

 

自分の【死】を見つめると【生】がきわだつ

 

私は仏教を学びはじめてから、よく自分の【死】について考えるようになりました。

別に「自殺」を考えるというわけではありません。

 

いつか確実に訪れるであろう自分の【死】をときどき考えてみるのです。

 

自分が死ぬときに、どのような気持ちで死にたいかということを考えてみると、やはり「わが人生に悔いな~し」と言って死にたいんですね。




 

では自分にとって【悔いのない人生】をむかえるにはどのように生きたらいいかと考えてみると、

 

・ 瞬間、瞬間を意識的に生きる

・ 毎日を一生懸命生きる

・ 怒りの心で生きるより、優しい慈しみの心で生きる

・ 自分のやりたいことを精いっぱいやってみる

・ ユーモアの心を忘れない

 

そのくらいのものかな~と思います。

 

人生というのは、一瞬一瞬の積み重ね、日々の積み重ねですから、一瞬、一瞬を意識しながら生きていたら、一日も充実して送れるし、それを積み重ねていけば、充実した人生を送れるのであろうと思います。

 

穏やかな優しい心で生きることが一番いいのですが、やはり日々生きていると「怒りの感情」がひょい、ひょいと顔を出してきます。

 

そのとき「自分の死」を思うと、「こんなイヤな心で生きていたら死ぬとき絶対に後悔するよね」と思ってみます。

 

そうすると「こんなことで怒っている場合じゃない」とすぐに怒りが消えていくのでおすすめです(*^▽^*)

 

また【自分の死】を見つめると、「せっかく生まれていたからには、精いっぱいできることをやり尽くしてから死にたい」と強く思うようになります。

 

自身の【死】について考えることで、自分の生き方を真剣に見なおすことができるのです。

 

しかしみんな【死】を見つめたがらない(^◇^;)

 

よ~く自分の心を観察してみてください。

「生きていたい」という欲求「死ぬのが怖い」という恐怖感があるのがわかると思います。

 

そして、人は【死】への恐怖感から「自分の死」について考えることを無意識に拒否します。

 

そして「自分は死なない」と盛大な勘違いをしながら生きています。

 

死なない人はいないのに、なぜか「自分は死なない」と強く思いこんでいるのです。

 

「自分は死なない」と思っているから、日々の生活も無意識的になんとなく生きることになってしまうのだと思います。

 

なんとなく、朝起きて、学校や会社へ行って、帰って、ご飯食べて、テレビ見て寝る。

その繰り返しの日々。

 

しかし、そのような生き方をしていたら「自分の人生ってなんなのか?」と疑問を持つようになる方もいらっしゃるでしょう。

そうした疑問をもつのは、とてもいいことだと思います。

 

そして、そういう時にこそ、確実にいつか訪れる「自分の死に際」をありありと思い浮かべてみるのです。

 

今の生活をしていて、自分が死ぬ際に「自分の人生ってなんだったのだろう?」と後悔していないかどうかがポイントです。

 

そうすると「こんな生き方をしている場合ではない」と思えるようになります。

無意識に生きるのではなく意識的に生きたいを思えるようになります。

 

逆に自分の死から逃げると自分の生からも逃げてしまうことになります。

 

【死】から目を背けるのではなく、【死】を直視しましょう。

そうすることで【生】が際立つのです。

 

では、意識的に生きるのはどうしたらいいのでしょうか?

 

「マインドフルネスで生きる」ことです。

「念をもって生きること」です。

 

「マインドフルネス」=「念」です。

 

「今の心」と書いて「念」。

今のこの瞬間を、心で観察していくのです。

漢字とはよくできておりますな~( ゚▽゚)/

 

関連記事: ヴィパッサナーとマインドフルネス

 









記事一覧はこちら→「心を洗う」

 


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