【地獄】を軽く語るのは危険~わたしたちは無知の煩悩で何もわかっちゃいないのだから


 

わたしたちは【無知】

 

 

「地獄」は本当にあるのか?

 

 

前回の記事の【本当にこわい共鳴する生き方~父親を殺してしまった二つの事件】で、「地獄」について少し書きました。

 

「地獄」について興味のある方もいらっしゃることでしょう。

なにしろ私たちは前世のことなんて全く覚えてないので、死後どうなるかなんてことも全然わかりません。

いったい、地獄とはどのようなところなのでしょうか?





わたしたち日本人はたいていあの世を「天国」と「地獄」に2極化して想像しているのではないでしょうか。

 

しかし、仏教では死後の世界は大ざっぱに6つに分けられますよと教えます。

聞いたこともあると思いますが『六道』と呼ばれています。

 

上の図のように分けられています。

 

「地獄」というのはこの大ざっぱに六つに分けられた世界の一つなのです。



 

一番怖いのは『無知』の煩悩

 

 

私たちは普段意識していませんが、実は『煩悩』にどっぷり浸かって生きています。

 

日本では煩悩の数は108と数えられていますが、原始仏教ではおよそ1500(!)に分類されると言われています。

 

その1500の煩悩も大きく分けると『怒り』か『欲』か『無知』の三つに分けられます。

 

そして、わたしたちは一瞬、一瞬を『怒り』か『欲』か『無知』の煩悩のどれかを使って思考し生きているのです。

 

そしてこの中で一番、やっかいでこわいのが『無知』の煩悩です。

 

なぜかというと『怒り』や『欲』というのは自分でもわかりやすいのです。

「あ、今、自分怒っているな」とか「あ、欲張ってしまった」とか、意識すれば自分の思考に気づくことができます。

 

しかし『無知』の煩悩にはなかなか気づけません。

だから『無知』なのです。

そして気づけないから「自分は間違っている」ということが分からずに、知らずしらず悪い行いをしてしまうのです。

 

【自分の思考に要注意!~思考が業(ごう)となり溜まっていく】で書きましたように、仏教では思考を一番重要視します。

 

思考が体でする行為や、口でしゃべる行為を決めるので、思考が間違えば、生き方も間違ってくるわけでして、わたしたちは自分の思考に細心の注意を払わなくてはならないのです。

 

わたし達は本当に「何も悪いことをしてない」のか?

 

 

さて、わたしはお昼休みなんかでちょっと暇なとき『Rocket News24(ロケットニュース24)』というサイトをよく見ています。

※特に「たばこ」についての各記事は読む価値ありです。

 

で、前回の【本当にこわい共鳴する生き方~父親を殺してしまった二つの事件】の記事で「地獄」について書いたとき、ネットでざーっと地獄についての記事をみていると『ロケットニュース24』でも「地獄」について書いてある記事を見つけたので読んでみました。

 

【恐怖の事実】日本人は死ぬとほぼ確実に地獄行き決定 / 最低でも1兆6653億年は地獄で過ごすことになる

※リンク先が削除されておりました。
この記事のせいなのだとしたら申し訳ないことでした(T_T)

 

なかなかおもしろくて読みながら思わず笑ってしまったのですが、しかし反面『無知』のこわさを思ったのでございました(^◇^;)

 

この記事の中でも書いてあるように、わたしたちは「自分は何にも悪いことなんかしていない」と思って生きています。

 

(|| ゚Д゚) ブーッ!!!

 

思いっきり「はずれ」です。

 

確かに体を使った「行為」では悪いことをしてないかもしれません。

 

では「口」で行う行為:しゃべることではどうでしょう?

「頭」で行う「思考」はどうでしょう?

 

わたしたちは普通に生きていても、いつの間にやら「悪行為」をして「悪業」を溜めこんいる状態なのです。

 

この記事を書いた人も、コメントを残されている方も「自分がこんな地獄へ行くわけない」と思っていらっしゃるようですが、本当に大丈夫かどうかは死んでみないとわからないのです。

そして、死んでみないとわからないという生き方は大変危険な生き方と言えます。

 

関連記事:自分の思考に要注意!~思考が業(ごう)となり溜まっていく

 

地獄っていったいどのようなところなのか?

 

 

しかし、古今東西、わたしたち人間は『地獄』について興味しんしんです。

 

絶対行きたくはない。

けれどもし行ったらどんな苦しみを味わうのか?

怖いもの見たさではないけれど、知識としては持っておきたい情報です。

 

スマナサーラ長老の著書「死後はどうなるの」で地獄についてお釈迦様はこのように説明されています。

 

「極端に不幸な、極端に不快、極端に不可意なところだとまさしく言えるのは地獄なのです。喩えで説明することも難しいのです。」(中部一二九賢愚経)

 

 

実は、お釈迦様はものすごくたくみに喩えを使って、真理を凡人でも理解できるように話されることのできる天才だったのですが、そのお釈迦様でも地獄の苦しみ凡人に理解できるように話されるのはむずかしいことだったようです。

 

それでも凡人にわかる概念を使って、地獄の苦しみを表現されるとこうなります。

 

●まず、、鉄の槍五本を両手・両足・胸に刺す

●次に斧でけずる

●逆さにして、カミソリで剃る

●車に繋いで、燃えている道路で引いたり押したりする

●燃えている炭の上を登らせたり、下させたりする

●足から釜に入れて、泡を立てながらゆでる

●それから大地獄へ放り込む

 

これは、凡人が理解できるように分かる言葉を使って、お釈迦さまが地獄を説明されたのであって、実際に釜ゆでになったりするわけではないそうです。

 

『Rocket News24(ロケットニュース24)』で紹介されている「正法念処経」に書かれている地獄も、そんなわけで人間にわかりやすいように地獄の苦しみが表現されていると考えてください。

 

真理の下では生命はみな平等

 

 

仏教では、命はみな平等であるので殺生を禁じています。

それが蚊であってもゴキブリであってもです。

 

真理の世界から見れば人間も蚊一匹でも同じ命なのです。

 

しかし、わたしたちは『無知』の煩悩にどっぷり浸かっているので、それが理解できません。

蚊やゴキブリは殺していいと思いこんでいます。

 

虫を殺したくらいで地獄に行くわけないと思っているかもしれません。

 

しかし「虫は自分たちより下等な生き物だから殺していい」というのは『邪見』です。

『邪見』とは「仏教の教えに反する行為をすること」で、仏教では一番重い罪にあたります。

 

『ロケットニュース24』の記事によると地獄レベル6に該当する罪になります。

 

だから『無知』の煩悩は怖いのです。

「知らなかった」ではすまされないのです。

 

わたしたちは漠然と「自分は正しい」・「自分は何も悪いことをしていない」と思って生きていますが、それは『無知』の煩悩にどっぷり浸かって生きているということで、非常に危険な生き方なのです。

 

地獄行きを回避するには

 

 

「(((゚Д゚))) あ~、わたしは今までいっぱい虫を殺してしまいました~、どうしましょう、わたしは地獄行ですか?」と恐れおののいていらっしゃるあなた。

 

ご心配はいりません。

 

一番いけないのは「開き直る」ことです。

 

「虫くらい殺したって、地獄に行くわけない」

「蚊もごきぶりも害虫だから殺してもいい」

 

そんな思考が一番危険なのです。

 

そういう心を放置するのではなく、仏教では「慈しみの心」を育てることを大変善い行為で「徳」を積む行為だとしています。

この心を育てると、死後、天界へ行くことができるそうです。

 

ですから、わたしたちは虫を殺すのではなく、どうやって共存していくかを一生懸命考えてみるのです。

他の動物でも一緒です。

 

害虫や、害獣は人間の中にしか存在しない概念なのです。

 

そして、このサイトで紹介している「慈悲の瞑想」や「ヴィパサナー瞑想」をして、心をきれいにする努力をしてみるのです。

お釈迦様もそのような努力をすることこそ「無上の価値がある」と言われています。

 

地獄というのは一度堕ちてしまうと、人間界に転生するのはほぼ無理なんだそうです。
しかも、期間はおっそろしく長い(|| ゚Д゚)

 

ですから「地獄だけはぜったいに行くな」と仏教では口をすっぱくして言っています。

 

みなさまも、どうぞ心を清らかに、優しい心を育てることに目を向けてみてくださいませね。

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/

 

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記事一覧はこちら→「心を洗う」


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