どうやって生きていったらいいかわからない~そんなときは


夢をあきらめるなというけれど

 

がんばっても報われなかったら絶望が生じる

 

「夢や希望をもって生きましょう」とか「夢や希望があるから私たちは生きていける」とかよく言いますよね。

 

それ耳にはとても心地よいフレーズなんですが、実際【夢】や【希望】があるからこそ【絶望】が生じるということも私たちは頭に入れておかなくてはなりません。

 

わたしたちは幸せになるために「夢」や「希望」を叶えようとひたすらがんばっています。

なのにまったく報われないという状況におちいってしまいます。



 

がんばってもがんばっても報われないとき、人は絶望します。

 

人は絶望するとつよい怒りの感情で行動してしまいます。

 

「怒り」が他人に向けられたとき、それが激しい怒りになると「殺人」を犯してしまいます。

「怒り」が自分に向けられたとき、それが激しい怒りになると「自殺」してしまいます。

 

幸せになるためにがんばっているのに、なんでこうなってしまうのでしょう?

 

「夢」や「希望」というのは洗脳

 

私たちは「ああなりたい」「こうなりたい」と夢や希望をもってがんばっているのに、幸せじゃないのは「夢」や「希望」をもって生きるということじたいが間違っているということをまずは理解しましょう。

 

だいたい「夢」や「希望」をもって生きることがいいことならば世界がこんなに混乱しているわけがないのです。

 

「夢」や「希望」の正体は「生存欲」という「欲」です。

 

みんな「生存欲」という強烈な本能につきうごかされて生きています。

「生きていたい」というのは生命の根本的な本能ですから、限りがありません。

 

この「欲」を満たすためだけに、わたしたちは生きているといっていいでしょう。

世界はこの欲につきうごかされているからこそ、こんなにも混乱しているのです。

 

そして、この「生存欲」から派生するさまざまな欲が満たされないときわたしたちは深い失望を覚えるのです。

「欲」というのは思いどおりにいかないことを思いどおりしたいと願う心のことです。

これが非常に生きることを苦しくする原因なのです。



 

夢も希望もない暮らしが実は理想だったりするんだけど・・・

 

「夢も希望もない暮らし」

こうして書くと書いている私自身も全否定したくなるフレーズです(^◇^;)

 

なぜかというとそれほど生きるということは苦しいんです。

「欲」というのは本能ですからそれが満たされないということは非常な苦しさを生み出します。

 

夢や希望が満たされたいけれども、満たされないから苦しい。

だったら夢や希望のない生き方をすればいいじゃないかというと、それは絶対にいやという気持ちがわいてくると思います。

 

「夢や希望のない暮らし」というフレーズにどうしてこんなにも拒否反応を示してしまうのかというと、そこに「恐怖心」があるからです。

 

「夢や希望」が無くなってしまったら、どうやって生きていっていいのかわからなくなるのです。

夢や希望が無くて、どうやってうまく生きていけるのかという恐怖心がそこにはあります。

 

「うまく生きていけないかもしれない」→「死ぬかもしれない」→「死にたくない」

 

「生存欲」の裏にはこのような強烈な「恐怖心」があります。

それがわたしたちが「夢や希望」を手放したくないという気持ちにさせるのです。

 

とはいえ、あきらめなくてはならないときも多々ある

 

何か自分の願望をあきらめなくてはならないとき、人は非常におおきな苦しみを覚えます。

 

孤独感、空しさ、悲しさ、怒り、憎しみ

 

自分の欲が満たされないことにたいして、深い絶望感を感じ

「どうやって生きていったらいいのかわからない」

という状態におちいってしまいます。

 

私が瞑想して得たこと

 

「どうやって生きていったらわからない」とき、人は何を頼りに生きていけばいいのでしょう?

人生が暗闇につつまれてしまったと感じたとき、何を明かりに進めばいいのでしょう?

 

私が瞑想している最中に出てきた答えは

「優しい心を失うな」

というものでした。

 

人は絶望感をおぼえたとき怒りの感情で行動してしまいます。

そして、それはさらに私たちを不幸に追いやります。

 

怒りの感情もまた本能です。

本能の任せるまま生きていけば人は不幸になります。

 

対して「優しい心」「慈しみの心」というのは理性です。

深い絶望におちいったとき、ぜったいに手放してはいけないのが、この「優しい心」「慈しみの心」です。

 

深い絶望にあって「どうやって生きていいかわからない」ときこそ、「こういうとき慈しみの心で対応したらどうなるか」ということを頭において行動するようにするのです。

そうすれば理性のある生き方ができるようになります。

 

慈しみの心が、あなたを守ってくれます。

そしていつかその優しい心が自分を救ってくれることになります。

 

ギリシャ神話でパンドラの箱に最後に残ったのは【希望】でした。

 

ギリシャ神話の神様というのは怒ってばかりだからそういうお話になったのかもしれませんが【希望】というのはうまく生きていくうえで役に立つもんではないのです。

 

仏教的なパンドラの箱の中に残っているのは「優しい慈しみの心」です。

それが、わたしが今回、瞑想して得た「知恵」です。

 

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