本当にこわい共鳴する生き方~父親を殺してしまった二つの事件


 

親を殺すのは最悪の罪

 

 

自分の思考に要注意!

 

 

最近、立て続けに父親を殺したというニュースが流れましたね。

 

一つは慶應大生、もう一人は高校生。

 

共通しているのは、自分が父親に叱られたときではなく、弟や母親をかばおうとして刺し殺してしまったということですね。

しかし、本人たちは気づいていませんが、おそらくずーっと父親を憎み、「死ねばいいのに」とか「殺してやりたい」という妄想をしていたのです。

その妄想がとうとう行為として現れて、その結果殺してしまったのです。




とはいえ、どこの家庭でも問題の一つや二つ、三つや四つくらいあるもんです。

 

うちの父も厳しいなんてもんじゃなかったですよ。

すぐに大声で怒るわ、すぐに叩くわ。

今でこそ、かなり丸くなりましたけどね( ノД`)

昭和の子育てってそんなところが多かったんじゃないでしょうか。

 

もちろん、わたしもそんな父が嫌いで十代のころは「(#゚Д゚) 死ねばいいのに」と思ったりしてました。

 

しかし、仏教を学ばなければ絶対にわからなかったのですが「怒りの感情」はどのような理由であれ絶対的に「悪」なのです。

 

わたしはそのことがまったく解っていませんでした。

解っていないので、怒りをぶつけてくる父親に対して怒りを感じるのは「正しいこと」だと本当に思っていたのです。

 

けれども相手が嫌な奴だから、嫌いな奴だから、横暴な奴だから、自分も怒っていいというのは真理の面からみたら間違っているのです。

 

そういう生き方はどんどんと悪業(あくごう)をため、悪い結果をだしてしまうことになります。

因果の法則ですね。

原因があって、結果が生じる。

悪業を溜めれば、悪業を受けとることになる。

 

もちろん、わたしも悪い結果をてんこ盛りで受け取りました(^◇^;)

 

自分の経験から言わせていただければ、悪い結果を受けると、それからまた乗り越えるのにとんでもないパワーが必要になってくるということです。

そこから這いあがるのは並大抵の苦労ではありません。

 

ですから、みなさまも常日頃から、自分の思考・言動にはよくよく注意して悪業を少しでも減らすよう努力されてみてください(-ω-`*)

 

悪業を溜めない努力、善業を溜める努力をする生き方こそ、正しい生き方だと申せましょう。

 

悪感情に共鳴する生き方はとても危険

 

 

【自分の思考に要注意!~思考が業(ごう)となり溜まっていく】で書きましたように、仏教では思考をいちばん重要視します。

 

なぜかというと思考こそが心にものすごいインパクトを与えるからです。

ですから、本当はわたしたちは行いよりも、なにより思考に気をつけるべきなのです。

 

今回の父親殺しの事件においても、結果ばかりが取り沙汰されますが、本当は常日頃からの本人たちの思考・妄想が原因となっているのです。

 

父親に怒られたり、暴力を振るわれたりするたびに、父親の怒りの感情に自分も怒りの感情で共鳴して、怒りの妄想をさらにふくらまして、強固にしていったせいで今回の殺人は起きたのです。

 

高校生は「殺す気はなかった」と言っているようですが、おそらく妄想の中では何度も父親を殺しています。

 

それが、溜まりに溜まって行動になっただけのことなのです。

 

怒りの感情に、怒りの感情で共鳴してしまうと、自分の親でさえ殺してしまうのです。

わたしたちは感情に共鳴しながらでは生きていけないのですが、悪感情に悪感情で共鳴してしまうと最悪の結果になってしまうのです。

 

他人事ではないと肝に銘じて、みなさまも自分の心によくよくお気をつけください。

 

関連記事:本当はこわい共鳴する生き方

 

親殺しは仏教では最悪の罪

 

 

仏教には『五逆罪』という、犯してしまうと死後、『無間地獄』という恐ろしい地獄に堕ちるという恐ろしい罪があります。

『無間地獄』というのは地獄の中でも最も長く、最もひどい苦痛を受ける地獄なんだそうですが、ここで書くのもアレなので、知りたい人は自分で調べましょう。

ここに堕ちたら「あかん」どころじゃないレベルの地獄です(長さも苦痛のレベルも)。

 

関連記事:『デスノートLight up the NEW world』~仏教的には夜神月の復活はありえない

 

その『無間地獄』に必ず落ちるのが

 

1.母殺し

2.父殺し

3.阿羅漢(悟った聖者)殺し

4.サンガ(仏団)の和を壊す

5.仏陀(ブッダ)の身体を傷つける

 

まあ、この5つの中で3.4.5は私たちが罪を犯すかもしれない可能性はほぼ0%です。

 

この中でわたしたちが最も気をつけなくてはならない罪は『母殺し』・『父殺し』です。

しかし、近年、怖ろしいことに母殺し、父殺しはめずらしい事件ではなくなってきました。

 

昔は(とはいっても昭和までですが)『尊属殺人』といって、親殺しは死刑か無期懲役と決まっていました。

そのせいもあったし、家長制度の名残もあってか、昔は今ほど親殺しのニュースは無かったように思います。

 

まあ、親を殺すのもいろんな理由があります。

本当に辛い酷い目にあっておられる方もいらっしゃいます。

情状酌量もやむなしということもうなずけます。

 

しかし、それは人間界にのみ通用することであって、真理の世界になると話は別なのです。

 

とはいえ、正直なところ、本当に親を殺すと『無間地獄』へ行くのかどうかは私にはわかりません。

 

ただ、お釈迦様は本当のことしか言われませんので、おそらくそうなんであろうと思います。

何しろ確かめようのない世界のことですから、お釈迦様の言われたことを信じることしかできません。

 

しかし、仏教では「死ぬ瞬間の心の状態で死後の世界が決まる」とされています。

ですから、親を殺したことを心から悔い、心を少しでも清らかにして、心安らかに死ねるよう努力をすれば、何らか変わることがあるかもしれません。

 

一番いけないのは「あんな奴は殺されて当然だった」・「自分は悪くない」と開き直ることです。

「開き直り」は自分を今の世界でも、死後の世界でも、自分を不幸にする悪思考です。

 

「人を殺す」というのは、おそらく私たちが想像するよりずーっとずーっと重い罪なのです(真理の面から見れば)。

 

赤の他人を殺しても、それだけで重い罪なのですから、自分を生んでくれた親を殺したら、当然その分罪は重くなるのです。

 

ちなみに五逆罪を犯した者は今生(今生きている世界)では悟ることができないとされています。

 

人の体はもろいのです。

カッとなって殺してしまったら、もう取り返しがつかないのです。

それが自分を生んでくれた親であったらなおさらです。

 

自分の思考を暴走させ、感情を爆発させれば、親でも平気で殺してしまうのがわたしたち人間なのです。

 

わたしたちは、自分の思考・妄想にもっと気づき、コントロールすることを最優先にしないといけないんですけどね。

でも、よほどのことが無い限りそれすらやらないのが人間なんですよ、ええ(^◇^;)

 

【地獄】を軽く語るのは危険~わたしたちは無知の煩悩で何もわかっちゃいないのだからに続きます。

 

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/









記事一覧はこちら→「心を洗う」


スポンサードリンク

コメントを残す

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください