【イヤな出来事】がたびたび起こるときは自分へのメッセージとしてみる


何度も繰りかえすパターン

 

 

似たようなイヤな出来事が何度もあらわれる

 

わたしは何年も前から、似たようなパターンであらわれてくるイヤな出来事があります。

 

どのようなパターンかというと【期待をさせておきながらダメになる】というものすごく失望感と怒りの度合いが高くなるものです(笑)





先日、またそのようなことが起きて「いい加減にしろ!」とものすごい怒りの感情がでてきたのですが、そこでふっと気づいたのです。

 

「( ゚д゚) あ~、これメッセージだわ」

 

このような繰り返し現れるパターン化したイヤな出来事はもはや偶然ではありません。

私の中の何かを変えるか、消しなさいと言っているのであろうと思われます。

 

では私の中の何を変えるなり、消すなりすればいいのでしょうか?

 

答えは

 

 

 

 

 

 

と申しますか、それがわかれば苦労はしません。

 

私の中に、何かしら原因があるのは確かですが、その原因がわからないから、何度も似たようなパターンがあらわれてくるわけです。

 

前回の記事『「私の何が悪いのか?」~痛い目にあったときそれがわかる』でも書きましたように、イヤなことや理不尽なことがおきたとき自分の何が原因なのかわからないから悩むのです。

 

ただ、わかるのは【結果】から、自分になにかしらの【原因】があるということです。

 

私たちは【無明】という海を泳ぐアホな魚

 

仏教には【無明】という言葉があります。

この【無明】というのは、どういうことかといいますと【智慧のない状態】のことです。

さらにわかりやすくいえば『正しい生き方がまったくわからないため、暗闇の中をやみくもに動き回っているような状態』です。

 

まあ要は「とんでもなくアホな状態」ということです。

あなたもわたしも「み~んなアホ」ということです。

 

しかし「みんなアホな状態だから、自分もアホでいいや~」という安易な考えはまちがいです。

みんなが「アホな状態」で生きているからこそ、いじめやその他のさまざまな社会問題があったり、テロがおきたり、戦争がおきたりするのです。

ですから、私たち一人ひとりが「自分はアホな状態で生きている」と気づくことはとても重要なのことなのです。

 

さて、わたしたちは『真っ暗な海の中をさらには目をつむって、やみくもに泳ぐ魚』のような状態でいると想像してみてください。

 

そのため、ただでさえ真っ暗なのに、さらには目をつむって泳いでいるから何かにぶつかって痛い目にあっても、何にぶつかったのかわからないのです。

 

「(#゚Д゚) なんかわかんないけど、痛い目にあった~」

 

これが、私たちが人生における【痛い目】にあったときの状態なのです。

 

はたから見たら「あんたが真っ暗な海の中を目をつむって泳いでるから、ぶつかるんじゃん」となりますが、当のわたしたちがそもそも真っ暗な海の中を目をつむって泳いでいるとは気づいていないために「わけわかんないけど、痛い目にあった」となるわけです。

 

そして【痛い目】にあったとき、どうして【痛い目】にあったのかと疑問に思った人が、自分の状態を知ろうとしはじめるのです。

 

仏教では「まずは目をあけなさいよ」と教えます。

自分がどのような状況で生きているのか把握しなさいよと教えます。

 

そして目を開けてみると、まあびっくり( ゚д゚)

真っ暗なんですね!

 

深海魚なら環境に応じて、目をでっかくしたり、センサーをとぎすませたりと進化していますが、わたしたち「アホ魚」はそういう進化をまったくとげていないため、真っ暗な海のなかでとまどうことになります。

 

しかし自分が真っ暗な海の中にいるということは気づいたので、やみくもに泳ぎ回ることはしなくなります。

そして、真っ暗な海をやみくもに泳ぎ回るのは危険であると判断し、明かりを必要とするようになります。

 

その「明かり」が仏教です。

 

【仏陀の教え】という「明かり」と手にしながら暗闇の中を泳いでいると、しだいに進化して【陸】にあがりたいと願うようになります。

 

目をつむって暗闇の中でやみくもに泳ぎ回っていたころは【陸】なんて概念はなかったけれど、仏教という「明かり」を手に入れて泳ぎ回っていると、どうやら【陸】というところがあり、そこは明るくてとてもいいところであるということがわかってきます。

 

そして「アホな魚」から「陸上で生きていける生き物」へ進化しめでたく陸にあがった状態が【悟り】です。

【悟り】にも四段階ありますから、陸にあがったあとも進化を続けることになりますが、そこらへんに興味のある方は本を読んで勉強してみてください。

 

 

 

あくまで【原因】は自分にある

 

先述したようにわたしたちは「暗闇の中を目をつむって泳ぎ回っているアホな魚」です。

 

そして何にぶつかるのかというと『己の煩悩によってつくられた業(カルマ)の結晶』という岩にぶつかるのです。

 

『業(カルマ)』というのは『行為』によって蓄えられるポテンシャルエネルギーのことでして、喋ったこと、行ったこと、考えたことすべてがエネルギーとなり心に蓄積されていきます。

 

そのエネルギーが表面にでてきたとき、それが自分にとっていいものか悪いものかは、自分がどのようなエネルギーを溜めこんでいたかによります。

 

関連記事: 心に種をまくということ~カルマの考え方

 

私たちは『どうしようもなくアホな状態で生きている』ので、やみくもにくだらないことを妄想し、くだらないことを延々としゃべり、くだらないことで時間をつぶしながら生きているということさえわからず、「自分のすることなすこと全て正しい」と思いこみながら、知らずしらず『悪業』を溜めこんでいっています。

 

『悪業』とは「ヘタな生き方をすることで蓄えられるエネルギーのこと」と考えてくださればよろしいかと思います。

 

それで『悪業』というエネルギーが結晶化して、自分に現実としてふりかかってきたとき「なんでこうなるの?」とびっくりしてしまうのです。

 

「自分にとって悪い出来事」への対処法

 

理不尽なこと、嫌なできこと、病気や事故、我慢できない人間関係などなど、人生において『自分にとって悪いこと』はいくらでも起こります。

 

しかし「原因」はあくまで自分にあります。

 

ただ、どうしようもなくアホな状態で生きているために、いつどのような原因をつくったのか全くわかっていないのです。

ただ、現れた状況(結果)から「自分の生き方はかなりヘタだったのだな」ということが推測されます。

 

おそらく人類の99.99%以上の人が「嫌な出来事」があったとき【怒り】の感情をいだいてしまうものなのではないでしょうか?

※この場合は【悲しみ】や【後悔】なんかも【怒り】に含まれます。

 

しかし自分に原因がある以上【怒り】で対応してしまうと、また更に『悪業』エネルギーを溜めこんでしまうことになります。

 

それが「ヘタな生き方」ということです。

 

もちろんかくいう私も例外ではありません( `^ω^)=3

一番、初めに書いたように、私には「何度も繰り返し現れてくる似たようなパターンのいやな出来事」ということが私には起きます。

そして、それに対してわたしはいちいち【怒り】の感情を抱いていたのです。

 

加えては「仏教を学んで瞑想もしているのに、なんでこんなことが続くの!」と、とんでもなく思い上がった心で激しく怒っていたのです(^◇^;)

ものすごい『傲慢』です。

もう、めちゃめちゃ「アホな生き方」をしてますよね( ノД`)

 

しかしながら、このように人はなかなかおのれの愚かさに気づけないもんなんですよ、ええ(ToT)

 

ですから自分にとって『嫌な出来事』・『嫌な人間関係』などなどは【自分へのメッセージ】であると受け止めましょう。

 

様々なできごとは『自分の生き方、考え方が間違っているよ』と教えてくれていると理解するのです。

そうすれば『嫌な出来事』に対して、メッセージとして感謝できるようになります。

 

「教えてくれてどうもありがとう」というような感じです。

 

その上でさらには【アホな生き方】を改善するように努力してみるのです。

そのようにしてコツコツと善業(よいカルマ)を蓄えていくと、少しずつ自分をとりまく状況が変わっていきます。

そうしたら、また【成長させていただいたこと】に対して感謝できるようになります。

 

さらには『嫌な出来事』=『自分を成長させてくれる機会』と理解してせっせと自己向上に励んでいると、見えない世界がフォローをしてくれるようになります。

 

時間はかかるかもしれませんが、価値あるものは得るまでに時間がかかるものだと思って、くさらず、あせらず、あきらめずにコツコツと自己向上に励んでみましょう。

もちろんわたくしも、更にせっせと励む所存です。

 

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/

 

関連記事: 人間力をあげるのに効果的な方法とは









記事一覧はこちら→「心を洗う」

 


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