嫌いな奴に「バチがあたれ!」と思ったときは


 

人間だもの。つい、そう思ってしまうもの

 

 

でも、それだと自分が損をする

 

 

人間、誰しも自分にとって嫌いなやつにはついつい「バチがあたればいいのに」と思ってしまうものです。

 

しかし、それだと自分が損をしてしまうのです。

 

【本当はこわい共鳴する生き方】で書きましたように、わたしたちはお互いの感情に共鳴しあいながら生きています。

 

この「共鳴」をうまく使うと「善業(善いカルマ)」を積むことができますが、わたしたちは大抵、共鳴することで「悪業(悪いカルマ)」を積んでいってしまっています。

実にもったいない生き方をしているのです。




 

これはなぜかというと、わたしたちの普段の思考は「怒り」か「欲」か「無知」という煩悩で成り立っているからです。

 

気づいていないかもしれませんが、わたしたちは普段ず~っと思考しながら生きています。

なにかしら考え事をしています。

 

その考え事が全部が全部「怒り」か「欲」か「無知」の煩悩に分類されます。

 

 

「善い思考」をしていることは、ほぼありません。

「善い思考」と思っていても、実は「怒り」だったり「欲」だったりするのです。

 

そしてこの「思考」こそが自分の『業(カルマ)』という潜在エネルギーとなり人生に現れてきます。

これは言いかえると「思考」が「自分の人生を創りだす」ということです。

 

分かりやすくいえば「悪い思考」が「悪い人生」を創りだしてしまうのです。

 

ですから、わたしたちは「悪い思考」をすることを極力避けて、「善い思考」をするように努力しなくてはなりません。

 

自分にとって「嫌な奴」がいたとして、本当にその人が「性格が悪い奴」だったとしても、その人に対して「バチが当たればいいのに!」という怒りの感情で反応してしまうと、自分も「悪業(悪いカルマ)を積んでいってしまうことになるのです。

 

これはどう考えても損なことです。

 

確かに、その人は鼻持ちならないイヤな奴かも知れません。

しかし、そういう人に対して「怒り」の感情で反応してしまうと、自分もまた損をしているという事実をしっかり認識しないと「悪業(悪いカルマ)」を溜めまくって、それが自分の人生に悪影響を与えてしまうことになります。

 

特に「自分の人生うまくいってない」と思っていらっしゃる方は、自分の思考に要注意です。

 

今までと同じ思考パターンで生きたとしても、状況は改善しません。

自分の人生がうまくいっていないと思うなら、自分でうまくいくように思考パターンを変える必要があるのです。

 

「相手が嫌な奴だから、相手に怒りの感情を持つのは正しいことだ」という思考パターンこそが、自分の人生を悪いほうへと向かわせるのです。

 

「バチがあたればいいのに」と思ったときは

 

「イヤな奴」を見て「バチがあたればいいのに」と普通の人は思ってしまいがちです。

しかし、それだと先述したように自分がおもいっきり損をしてしまいます。

 

では、そのときどのような思考をすればいいのでしょう?

 

わたしの場合は「あの人が自分を省みる(かえりみる)機会が与えられますように」というフレーズをよく使っています。

 

なぜかというと、人は基本的に「無知」の煩悩のために「自分は正しい」と思いこんでいるのです。

 

「イヤな奴」であるその人も「無知」の煩悩のために、自分がどのように他人に思われているかわかっていません。

自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないのです。

 

しかし、それは自分にも当てはまります。

わたしたちはみんな「自分は正しい」と思いこみながら生きているのです。

そして、盛大に間違った生き方をしています。

みな同じなのです。

わたしは幸いにも「自分は間違っていた」と自分を省みる(かえりみる)機会を与えられました。

その機会自体はたいへん辛いものでしたが、しかしそのような機会がないと自らをかえりみることはまずありません。

 

「自分は正しい!相手が間違っている!」

 

そのような思考ではいつまでたっても状況は改善されないということをしっかり認識しましょう。

 

「自分は正しい!」という思い込みが間違いであるということを気づけるかどうかが、今後の人生を左右します。

 

そういう意味で「自らを省みる(かえりみる)機会が与えられる」ということは、その人にとってもとても善いことなのです。

 

その人が「自らを省みる」ならば、それは何でもいいのです。

別に辛い思いをすることだけが「自らを省みる機会」になるわけではありません。

なにかしらのきっかけがあって「自分は間違っていたな」と気づいてくれればそれでOKなのです。

 

ですから「バチがあたればいいのに」と思うのではなく、冷静な落ち着いた心で「あの人が自らを省みる機会が与えられますように」と念じてみましょう。

 

 

「怒り」の思考を極力「慈しみ」の思考になるようにしてみるのです。

このような工夫をしながら「慈しみ」の心を育ててみてください。

 

この「慈しみの心」を育てると「善い業(カルマ)」が増え、それが自分を守ってくれます。

人間関係がすごくよくなります。

状況も徐々に改善されます。

 

仏教では「慈悲の瞑想」をすることで慈しみの心を育てることができるとすすめています。

 

自分を守るのは自分自身です。

自分の器を広げるためにも、是非やってみてくださいね。

 

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/

 

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