【気づき】は人生の壁を乗りこえるパワーを持っている!


 

【気づき】は思考を大きく変える力がある

 

 

それは9月の誓教寺の瞑想合宿が終了して、2~3日たったころのことです。

私にある【気づき】(インスピレーション)がドカ~ンと訪れたのでございます。

今回はそのことについて書いていきます。




 

私の職場の『困った人々』

 

どの職場にも、さまざまな『困った人々』が存在しますよね( ノД`)

 

うちの職場はなぜか上の立場の人ほど【自分のことは棚にあげて人を非難する】という人が多く、それが私の怒りの一因になっていたのです。

 

例えばリーダーの立場の人が「ルールを守れ」と言いながら、自分はルールを守っていなかったり、その上の上司もルールを守っていないリーダーに対しては見て見ぬふりをしながら、言いやすい人間には容赦なく注意するとか、見ていて気分が悪くなることが多かったのです。

 

そのような不満を口に出すことは、十善戒(じゅうぜんかい)の『不悪口』(悪口を言わないこと)をやぶることになるので口には出しませんでしたが、私の頭のなかはモーレツな批判の思考がギューギューに充満していたのでございました!

 

「(#゚Д゚) 下にルールを守ってほしけりゃ、上からまず見本をみせろや!」

「(#゚Д゚) まず自分がルールを守ってから、下に注意するのがスジやろが!」

 

んもう、それはそれは頭のなかは相手に対しての不満で批判の思考がぐーるぐると渦まいていたのでございます(^◇^;)

 

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もちろん自分の怒りに気づくとすぐに思考をストップするようにはしていたのですが、やはり心のどこかで『自分の思考は正しい』という思いがあるからでしょう。

すぐにまた批判の思考が頭のなかをグルグルめぐることになるのでした。

 

関連記事: 人間力をあげるのに効果的な方法とは

 

自分の思考のくせに気づく

 

ところが、先日ふとそのような批判的な思考に対して「これってわたしの悪い癖じゃない?」と思ったのです。

 

理不尽な状況に対する正しいアプローチとはでも書いているのですが、やっかいな【思いこみ】のひとつに「自分は正しい」というものがあります。

 

「自分が正しい」と思っているから、相手を非難・批判する。

しかし相手だって「自分は正しい」と思いこんでいるのです。

このような状況で自分の【正論】をぶちまけようなら、事態は悪化することはあっても良くなることはまずありません。

 

自分で「自分は正しい」という思い込みはさっさと手放したほうがいいと書いておきながらなんなんですが、やはり「自分は正しい」という思い込みはかなり強力で手放すことは容易ではないということです。

 

心は自分にとって都合の悪いことは隠そうとします。

 

この場合も私は心のどこかで「こういう状況では相手を非難する気持ちになるのは仕方がない」と自分を正当化して、頭のなかを非難の思考でいっぱいにしていたのでした。

 

そして、ふと、そのような自分を正当化しようとする『自分のこころのズルさ』と、それにともなう思考のパターンに気づいたのです。

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ハッ!!!

 

 

天から【気づき】が降ってきた

 

そういう自分の思考パターンに気づいた、その時です。

 

ドカ~ンと頭のなかに

 

『今の自分に好きでなった人間は誰もいない』

 

という【気づき】が降ってきたのでございます!

 

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『今の自分に好きでなった人間は誰もいない』とはどういうことか?

 

今の【私】ってどのようにできたのでしょう?

 

親に育ててもらいながら、学校へ行きながら、働きながら、さまざまな人と出会い、いろんなことが起こって、そのたびに笑ったり、泣いたり、傷ついたりしながら生きてきたから、今の【私】があるわけです。

 

はじめから性格なり人格ができあがっていたわけではなくて、さまざまな出来事や経験をしながら今の自分の性格なり人格があるわけですよね?

 

しかも、この性格や人格も流動的で、何かあるとすぐに修正されたり、改悪されたりしていきます。

 

イメージとしては日常のさまざまな出来事に対する無数の思考や感覚が小さなブロックになって、それがくっついたり離れたりしながら【私】というものを創りあげている感じです。

 

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【私】がいるんじゃなくて、なんとなく【私】というものが様々な要素で、漠然と創りあげられている感じです。

 

う~ん、なんかうまく説明できていない気がする・・・(^◇^;)

 

とりあえず話をすすめていきますと、「わたしの嫌いな人たち」も最初から性格に問題があったわけではなく、生きていくうえで色んなことを経験しながら、「自分が正しい」と思いながら生きていたら、『今現在は性格に問題あり』ということになってしまったということなんですね。

 

今現在、そのような性格なり人格なりの形をとっているだけで、これからまたなんか起こったら変わる可能性はいくらでもあるわけです。

 

私だって、仏教を学ぶ前はけっしてほめられた性格ではなかったですし・・・(^◇^;)

怒りっぽいし、悪口言うし、自分が一番正しいと思い込んでいたし( ノД`)

 

そのようなことに気づいてしまうと「ま~、仕方ないか、もう文句言うのや~めた」という気持ちになるから【気づき】というのは侮れませんぞ!

 

なんとなく今回の【気づき】で、『【起こることすべてに感謝する】にはどうすればいいのか』で書いた「わたしにとっての第二の壁」を乗りこえたことになるのかな~と思います。

 

まあ、違っていたら、またせっせと『壁』を登っていけばいいだけのことなんですけどね( ゚▽゚)/

 

関連記事:

理不尽な状況に対する正しいアプローチとは

【起こることすべてに感謝する】にはどうすればいいのか








記事一覧はこちら→「心を洗う」


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