出てくるカルマと出てこないカルマ
実りの多い瞑想合宿
みなさま、長らくご無沙汰しておりました。
ポンタ丸が帰ってまいりました( ゚▽゚)/
さて、今回の2泊3日の誓教寺の瞑想合宿もたいへん実りの多いものでございました。
とはいうものの、月曜日は休みがとれずに出勤したので、瞑想できたのは2日間のみになるんですけどね。
ああ、どなたかわたしにもっと瞑想する時間をくだされ~( ノД`)
ところで、通常の瞑想実践会では、基本的に話をすることが禁止されておりますので、なかなか仏教について語りあう時間がないのですが、この誓教寺の瞑想合宿では、夜に1時間程度、仏教について色々と語りあう時間がもうけてあります。
そこで瞑想についてお互いに情報交換をしたり、仏教で気になるところを聞いたりと、さまざまに語り合うのですが、今回から何回かそこでいろいろ勉強になった話を書いていきたいと思います。
カルマについての考え方
わたしたちの質問に対していろいろ答えてくださるのは主に誓教寺の奥様で、『坊守』でもあるR子さんなのですが、今回、カルマに対しての考え方をアドバイスしていただきました。
業(カルマ)というのは、ものすごく複雑でわたしたち凡人が全てを理解しようとすると気が狂うからやめておきなさいとお釈迦様が言われたほど、複雑で難解なものです。
とはいうものの私たちが業(カルマ)で生きている以上、ある程度理解しておいたほうがいいのも事実です。
それでR子さんが(あくまでR子さんの私見と断りをいれたうえで)、カルマを【種】としてイメージしてみてはどうかとアドバイスをしてくださいました。
私たちは身体、口、心でさまざまな行為を行っています。
それがカルマという【種】となり、どんどん心にまかれていくというものです。
特に思考というのは、ほぼ途切れることがないので、一瞬一瞬、膨大なカルマが【種】となって心にまかれていっていると考えていいでしょう。
しかし、それはまだ【種】の状態なので発芽していないのです。
発芽しないで消えていくカルマもあれば、発芽するカルマもあります。
どうやら業(カルマ)にも賞味期限があるようで、種のままで発芽しないまま腐っていくカルマもたくさんあるそうです。
わたしたちとしては、できればよいカルマには芽を出してほしいし、悪いカルマには発芽しないで腐って欲しいと思いますよね。
しかし、どのカルマがいつ発芽するかはわたしたちにはわからないのです。
確実に言えるのは、よいカルマに芽を出してほしければ、善い行いをしてよい種をできるだけ多くまいておかなくてはならないということです。
しかし、ここで、よ~くご自分の心や行動を観察してみましょう。
みなさまは1日の大半を怒りや欲の思考についやしてはおられませんでしょうか?
ご自分のしゃべることを観察してみたとき、グチや悪口、批判が多くなっていないでしょうか?
ズバリそれは悪いカルマの種をどんどんまき散らかしているということになります(^◇^;)
いつ、どのカルマが発芽するかはわかりませんが、いいカルマが発芽するより、悪いカルマが発芽する確率のほうがドォ~ンと高くなっていることがお分かりになることと思います。
私たちは、1日の大半を怒りや欲の思考についやし、そのような思考で話したり、行動したりしているのにもかかわらず、自分がどのような行為をしているのかあまりにも無頓着なのです。
そうして、わたしが【スーパーMAX逆境期】と呼ぶ、辛いカルマの清算期に入って、やっと今までの自分の生き方をかえりみることになります。
ところが、いつ、どのような種をまいたのか、そのうちのどの種が発芽したのかは私たちにはまったく分からないので、どうしてこうなったのかわからないし、どうしたらいいのかもわからないので途方にくれる羽目におちいります。
分かるのは確実に自分がまいた種が原因ということだけです。
だとしたら、種が発芽してしまい、現れたものが非常に辛く、気にくわないものであったとしても、自分がまいた種が発芽したのなら、その現状に対して怒りの感情で対処するのは間違っているということがお分かりになりますね?
自分の生き方が間違っていた以上、生き方を反省し、それを教えてくれた出来事や人々へ感謝し、正しい生き方に改めていくことこそ、カルマの清算を早めることができる唯一の方法になります。
今までと同じ考え方、生き方をしていたのでは、いつまで経っても同じところをぐるぐると回りつづけることになってしまいます。
今の辛い現状から抜け出すには、今までと違う生き方をしなさいと教えてくれているのだと理解し、腹をくくって今の状況を乗りこえる決断をされることをおすすめします。
では、まず辛い現状を乗りこえるために私たちができることは、今この瞬間から、よい芽がどんどん発芽するようにと、よいカルマの種をまいていくことです。
よいカルマの種をまけば、悪いカルマの種の芽も出にくくなり、いつしか賞味期限も過ぎて消えていく種も増えます。
そのためには、よい思考をし、よい言葉を話し、よい行動をするようにこころがければいいのです。
そしてカルマを少しでも理解すると、自分の日ごろの思考や行動を観察することが、どれほど重要かお分かりになると思います。
もし、悪い思考になっているのに気づいたら、即座に思考をストップして、慈しみの心に変えていきましょう。
慈しみの心で、思考したり話したり行動すれば、それは善行為です。
ポジティブに生きたいのなら、欲や怒りのない優しい慈しみの心で生きる努力をすればいいということですね。
みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/
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