本当の終活~「死ぬ覚悟、できていますか?」


 

誓教寺「仏教なんでもセンター」講座より

 

 

施本できました

 

【前回の悟ってから死んで人間に転生したら、前世で悟ったことを覚えているのか?】でもご紹介した誓教寺のご住職、藤本慈照先生が、昨年に「仏教なんでもセンター」で開かれた講座の内容を施本にされました。

※施本とはお寺に来た人に渡す無料の本のことです。

 

今回の内容はズバリ!「死ぬ覚悟、できていますか?」

かなり直球な題名になっています。

 

 

日本では「死」を縁起の悪いものとして忌避する傾向がありますから、この題名を読んだだけでも拒否反応を起こす人もいらっしゃるかもしれませんね(^◇^;)



 

 

今、「終活」がブームになっています

 

今、「終活」がブームだそうです。

 

「終活」とは一般社団法人「終活カウンセラー協会」によると

「終わる」の”終”と、「活動」の”活”と書いて、「終活(しゅうかつ)」。 今、話題の言葉なので、ご存知の方も多いと思います。終活とは、平成21年に週刊朝日が造った言葉で、当初は葬儀や墓など人生の終焉に向けての事前準備のことでしたが、、現在では「人生のエンディングを考えることを通じて”自分”を見つめ、”今”をよりよく、自分らしく生きる活動」のことを言います。

ということなんだそうです。

 

具体的にどのようなことをするのかというと「エンディングノート」を書いたり「遺言書」を書いたり、お墓を決めたり、お葬式のことを決めたりすることらしいです。

 

確かに、こういうことをしておいてくれたほうが、遺族をしてはとても助かります。

遺産相続でもめることも多々あるそうですし、先祖代々のお墓が遠方にあってお墓を移動するのがけっこう大変だったという話もよく聞きます。

 

しかし本当にそれだけだけで安心できるのか?

 

この「終活」は【死】をゴールとして、それまでに色々準備しておきましょうというものです。

 

これは、残される遺族にとってはとても助かりますが、肝心の本人にとってどれだけ役立っているのかが気になります。

 

残された人が困らないように準備できたという満足感である程度は心休まるでしょうが、しかし実際に死ぬのは自分です。

死後どのようになるのかということがわからなければ、本当に安心できないのではないでしょうか?

 

わたしなら死後自分がだいたいどのようなところに逝くのか知りたいなあと思います。

 

日本人は【死】を忌避する

 

日本人は【死】を語ることを極力嫌います。

 

そもそそも、この「終活」という言葉自体ができたことが画期的なことなのかもしれません。

しかし、実際死後のことになるとやはり考えるのが怖いのか、話として避けてしまいます。

 

病院で「死」のことなど話そうものなら「縁起が悪い」と叱られる雰囲気満々です。




 

実は【死】を受け入れたほうが恐怖感が減る

 

私たちは生存欲があるので、どうしても「死ぬのがこわい」・「死にたくない」・「生き続けたい」と思ってしまい、自分の【死】を直視することをいやがります。

 

うちの父も100歳まで生きる気満々で、いろいろやってます。

長生きしてくれたらいいとは思いますが、生きることに執着して、自分の【死】を直視しようとしないのは問題です。

ですので、さっそく読むように薦めました。

 

年をとったら【生】への執着が減るなんてことはありません。

 

孫が生まれたら

「孫が成人するまでは生きたい」

「孫が結婚するまでは生きたい」

「孫に子供ができるまでは生きたい」

 

こういうふうに、生きることへの執着を燃やし続けるのが普通なのです。

 

また、うちの祖父が昔、「若いころは死ぬのがまったくこわくなかった。でも年をとればとるほど死ぬのがこわくなった」と言っていたのがとても心に残っています。

 

年をとればとるほど自分の【死】を直視しなくてはならないのに、心は自分の【死】を受け入れたがらないので、そこに葛藤が生じ苦しくなります。

ましてや、死後自分がどうなるかわからないので、それで更に恐怖感が増します。

 

しかし、本当は自分の【死】を直視して受け入れたほうが、ずっと楽に生きられるのです。

 

「人間誰しも死ぬ」

 

その当たり前の事実を恐れて、生きるためにいろいろやるというのは、絶対に負ける試合に、なんとか勝とうと色々無駄な努力をすることと同じです。

 

それよりは「人間誰しも死ぬ。自分も死ぬ」ということを受け入れて、生前からいろいろ死後の対策をとっておくほうが安心して生きられます。

 

ボケてからでは遅い

 

 

よい【死】を迎えるためには、やはり生前からいろいろと善いことをしておいた方が安心です。

 

仏教では【心】が次の生を決めると言われています。

 

心が清らかであれば天界や人間界に、心が汚れていればその度合いによって餓鬼界や畜生界、地獄界なんかへ転生してしまうことになります。

 

同じ死ぬなら、少しでもいいところへ逝きたいと思うものです。

そのためには、そのような【心】になるように、生前から準備しておく必要があるのです。

 

そのためにはやはり脳がしっかり働いているうちから準備しておかないと、ボケてからでは遅いのです。

 

そのような死後への心がまえを学ぶことができるのが、誓教寺のご住職の書かれた「死ぬ覚悟、できていますか?」なのです。

 

140ページくらいの小さい本ですが、中身はとても濃い内容になっています。

 

ぜひ、みなさま読んでみてください。

また、ご両親や親族、知り合いにも薦めてみてあげてください。

 

こちらの施本をご希望の方は誓教寺にお問い合わせください。

 

常栄山 誓教寺

〒744-0042

山口県下松市切山 347

TEL.0833-46-1413

FAX.0833-46-3149

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/







記事一覧はこちら→「心を洗う」


スポンサードリンク

コメントを残す

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください