一番やってはいけない悪い行い『邪見』
妄想を暴走させると人生が終わる
先日『人生を好転させる鍵は自分の弱点であるということについて』を朝早くからパソコンにパチパチと打っていると、そばに置いてあったタブレットにYahooニュースが現れたので「何かな?」と思ってふと目をやると【障害者施設で10名以上が殺害】というような衝撃的な内容だったので、思わずニュースの内容を確認してしましました。
その後のニュースで、殺害された方は19名にものぼったこと、犯人の男が元職員だったということ、教師になる夢がやぶれたということ、犯行を予告するような手紙を衆院議長あてに書いていたことを知りました。
では彼はどうしてこのような恐ろしい事件をひきおこしてしまったのでしょうか?
それは自分の妄想を「正しい」と信じてしまったからです。
「障害者は生きている価値がない、この世から抹殺すればいい」という考え方は理性でみると異常です。
しかし犯人は自分の妄想を暴走させて「自分の考えること、やることすべては正しい」と思い込み「障害者は生きている価値がない」という見解を持つまでなってしまったのです。
これは仏教で教えるやってはならない行いのなかの『邪見』になります。
仏教ではこの『邪見』が行いのなかで最も悪い行いだとしています。
『十悪』とは
『人間力をあげるのに効果的な方法とは』で「十善戒」についてご紹介しました。
今回はその反対の人がやってはいけない悪い行いの「十悪」についてご紹介します。
十悪とは
1.殺生(せっしょう):生き物を殺すこと
2.偸盗(ちゅうとう):与えられていないものを奪うこと、盗むこと
3.邪婬(じゃいん):異性と邪な関係をもつこと
4.妄語(もうご):嘘をつくこと
5.綺語(きご):無意味なおしゃべりや噂話をすること
6.悪口(あっく):悪口や陰口を言うこと
7.両舌(りょうぜつ):他人との仲をさくようなことを言うこと
8.慳貪(けんどん):異常な欲
9.瞋恚(しんに):異常な怒り
10.邪見(じゃけん):間違った考え方、ものの見方をすること
以上です。
仏教で『邪見』をもっとも悪い行いとするわけ
仏教では『殺生』より『邪見』のほうを悪い行いとして厳しくいさめます。
なぜかというと身体で行う悪行為には限りがありますが心で行う悪行為には限りがないからです。
実際、犯人の男も「障害者をこの世から抹殺する」という恐ろしい妄想を延々とループさせていたのです。
しかし、実際に殺害できたのは19名でした。
(十分多すぎる数ですが、彼の妄想からいくと少ないという意味です。)
このように人は邪見をもつことで、実際に身体で悪い行いをするのです。
自分は大丈夫だとは決して思わないこと
秋葉原での無差別殺人にしても、今回の事件にしても決して他人事ではありません。
人は絶望すると負の妄想を暴走させて何をするかわかったものではないのです。
憎い人がいたらその人が死ねばいいと思うでしょう。
「死ねばいい」くらいで妄想をストップさせることができればいいですが、彼らはそこから具体的にどう殺すかまで妄想を肥大させていったにすぎないのです。
私たちが注意しなくてはならないのは、こころを常に監視して、妄想を暴走させないことです。
よくよく自分の心の扱いに気をつけなければ、人は簡単に悪行為を犯してしまう存在なのだとよく心にとめておくことが必要です。
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