日本人は『平和ボケ』なのか?


 

平和なのはいいこと

 

言葉は正しく使いたい

 

日本人は『平和ボケ』だとよく言われます。

確かに今のように、ぬるま湯に浸かったような日常を生きていれば、いつ何がおきてもおかしくないというような緊張感は生まれないと思います。

 

以前、スマナサーラ長老が法話の中で『平和ボケ』というと「平和」という言葉がネガティブな印象になってしまうので「贅沢ボケ」と言うようにしていると話されたのが印象的でした。




本来、「平和」であるということはすばらしいことです。

だれも戦争なんかしたくないし、戦争で死にたくなんかありません。

 

しかし『平和ボケ』というと、まるで平和であることで日本人がダメになってしまっているという印象になってしまいますよね?

平和であることで日本人がボケてしまうのなら、日々戦争状態であるほうがいいという解釈もなりたってしまいます。

でも、そうではないですよね?

 

わたしが思うに日本人がボケた要因の一つに「無難であること」があげられると思います。

 

まあ、無難であることもある程度は必要なんですが、日本人の場合それが行きすぎな面もあるんですよね。

みんなと同じでなくては不安とか、みんなと違ったことをすると排除されるとか、そういう傾向が強すぎて、いざというときに自分で判断し、決断するというようなことができなくなっているような気がします。

そして、その傾向が社会をさらに息苦しくさせているのではないでしょうか?

 

昔、ビートたけしさんが

「( ゚д゚) 赤信号、みんなで渡ればこわくない」

という名言を作られましたが、これって本当に日本人の本質をよくとらえていると思います。

 

仏教では「わたしは他の人と同等である」と思うことを『同等慢』というのですが、これって立派な煩悩でして、これが行きすぎてしまうと今の日本のような状態になってしまうのでしょう。

 

そんなわけで、スマナサーラ長老は日本人を「贅沢ボケ」と表現されましたが、わたしは「無難ボケ」と表現したいと思います。

 

まあ、「贅沢ボケ」でも「無難ボケ」でもいいのですが、このままだと日本ヤバいんじゃない?とわたしも心配になってしまうのでした。

 

きっと、他の方々も今の日本の状態はマズいと思っておられるからこそ「平和ボケ」という言葉も生まれてきたのだと思います。

 

じゃあ、どうすればいいのかというと、教育とか道徳とか過去のやりかたを参考にするとかいろいろ出てくると思うんですが、絶対に失敗するというのは目に見えています。

 

なぜかというと何が正しい生き方なのかということをみんな理解していないからなんですね。

そりゃ、自分が理解していないことを教えようとかしても絶対に失敗しますよ。

 

そこでわたくしといたしましてはお釈迦様の教えをドォ~ンとおすすめする次第です。

お釈迦様は、正しい生き方を完璧な言葉で語っておられるので万人にあてはまるんですね。

間違いがない。

 

ちなみに仏教は信仰ではありません。

神様・仏様を信じるのではなく、ブッダの説かれた真理が本当かどうかを確かめながら実践してみるのです。

 

今の日本人が仏教をきちんと学び始めたら「平和ボケ」なんていう言葉は一発でなくなります。

 

わたしはそう確信しています。

 

みなさまが幸せでありますように( ゚▽゚)/

 









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