理不尽な状況に対する正しいアプローチとは


 

理不尽な状況への正しいアプローチ

 

前回の『理不尽な状況を乗り越える正しい方法とは』から続きます。

 

人生には理不尽はつきものです。

どんな人にも大なり小なり理不尽な出来事は起こるものです。

しかし、対応を誤ると事態はもっとややこしいほうへと流れていきかねません。

 

そして当の私は事態をややこしくする天才でした。

 

しかし、だからこそ日々研究を重ね理不尽な状況を打破する方法を見つけたと言っても過言ではありません。

 

そして、このように自信をもって皆様に理不尽な状況への対応の仕方の記事を書けるようになったわけです。

 

人生の経験とは本当に無駄が無いものです。

 

では、具体的にどのように理不尽な状況に対応すればいいのか学んでまいりましょう。

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我慢ではなく忍耐

 

前回も書きましたように理不尽に対する正しいアプローチは「我慢」ではなく「忍耐」です。

 

関連記事:理不尽な状況を乗り越える正しい方法とは

 

私もそうだったからこそ言うのですが、皆さん、初めから力の入れどころを間違えているのです。

 

もし皆さんが「我慢」に使っているパワーを「忍耐」するほうにシフトすれば、日本からうつ病患者は激減するに違いないと私は信じています。

 

理不尽とはどのような状況なのか?

 

自分と相手がいて、お互いが自分が正しいことをしていると思っているとします。

 

お互いの「正しい」というベクトルが同じ方向を向いていれば価値観がほぼ一緒なのであまり問題は生じませんが、ベクトルが全く別方向を向いていた時が問題になるのです。

 

お互いに自分が正しいと思い込み、さらに「正しさ」と「正しさ」のガチンコ勝負になったときに、相手が自分より立場が上だと「理不尽」という状況が発生します。

 

 

この状態になったときに自分の正しさを無理に押し通そうとすると面倒な事態が更に生じることになります(ここ重要)

 

理不尽な状況をさらにこじらせないようにしつつも、なお且つ忍耐しながら乗り越える努力をすることで自分の成長につながり理不尽な状況も改善されていくことになります。




 

自分は本当に正しいか?

 

ほとんどの人が無意識のうちに「自分は正しい」と思い込んでいます。

もちろん私もそうでした(^◇^;)

 

自分の価値観、自分の信条、自分の常識、自分の思考などなど、すべて「正しい」と信じて疑っていません。

 

そしてこの「自分は正しい」という思い込みこそが、自分を面倒な立場へと追い込むといっても過言ではありません。

 

いったいどこに「自分は正しい」という根拠があるというのでしょうか?

「自分が正しい」と思うのは自分の主観であって、客観ではありません。

ただの思い込みです。

 

しかぁ~し、この『思い込み』というのが中々やっかいなものなのです。

 

スピ系でもよく言われますよね。

「思い込みを手放す」っていうやつ。

 

その中で、速攻手放したほうがいい思い込みの一つが「自分は正しい」という思い込みです。

 

しかし「手放せ」といわれて「はい、わかりました」とホイホイ手放せたら苦労はありません。

思い込みというのは「無意識」の領域なので、なかなか手放すのは難しいのです。

 

本当は『自分自身が思い込みである』ということがわかれば一番手っ取り早いのですが、これが出来たら悟りに達したということになるので、めちゃくちゃ難易度の高い思い込みと言えます。

 

そこまでいかなくても「自分が正しい」というのが思い込みであるということがはっきり分かれば、かなり心の向上に役立てることができますし、そうすることで理不尽な状況をも乗り越えることができるようになります。

 

関連記事:『簡単・確実!生きるのが楽になる思考改善法』




 

思い込みを手放すには

 

思い込みは無意識の領域にあると書きました。

では無意識に直接アプローチするにはどのような方法がいいのでしょうか?

 

それはズバリ『瞑想』です。

 

また瞑想ならなんでもいいというわけではなく、お釈迦様が教えられた「ヴィパッサナー瞑想」という瞑想をお勧めします。

 

この「ヴィパッサナー」というのはお釈迦様が生きておられた当時のインドの言葉(パーリー語)で「観察する」という意味です。

 

要は自分を観察するということです。

 

ヴィパッサナーには「立つ瞑想」・「座る瞑想」・「歩く瞑想」があります。

詳しくは前の記事に載せていますので、参考にしてください。

 

ヴィパッサナー瞑想:立つ瞑想のやりかたと注意点

ヴィパッサナー瞑想:座る瞑想のやりかたと注意点

ヴィパッサナー瞑想:歩く瞑想のやりかたと注意点

 

そして、もちろんこの三つの瞑想をすることがとても大切なのですが、本当は日常生活すべて瞑想にするのが一番望ましいのです。

「?」と思われましたよね~?

 

どのようにするのかというと、自分の一挙手一投足、そして思考、感情すべてを観察するのです。

 

朝起きて歯を磨いたり、顔を洗ったり、ご飯を食べたり、食器を洗ったり、歩いたりする動き全てを観察するようにします。

 

例えば「右腕伸ばします、(蛇口)つかみます、まわします」「座ります」「押します、引きます」等々、体の動きを細かく観察しその動きにラベルを一つ一つ貼っていく感じです。

 

もしイライラすることがあれば「怒り」、落ち込むことがあれば「落ち込み」、色々考え事にふけっているのに気づいたら「妄想、妄想」というように、とにかく自分を常に観察することを怠らないように努力します。

 

何故、このようなことをするのかといいますと、はっきり言えば「妄想」を撃退するためです。

 

この「妄想」こそ私たちが幸せに生きるのを邪魔する最大の敵なのです!

 

私たちはずーっと妄想して生きているといっても過言ではありません。

ずーっとずーっと頭の中で妄想が渦巻いています。

この妄想が私たちが心を善いほうへコントロールしようとするのを邪魔するんです。

 

イライラしたくないのにイライラするとかあるでしょう?

妄想で心がやられちゃってる状態なんです。

 

本当に妄想をなめたらいかんです!

そして妄想を撃退して自分の心を叩き直すのが『ヴィパッサナー瞑想』です。

 

 

「でも、そんなにいつも自分を観察するなんてできるわけないよ」と思われているあなた。

 

この記事を是非読んでください。

ヴェーラーマー経:瞑想が超ポジティブに実践できるようになる!

 

ヴィパッサナー瞑想こそが一番功徳を積めるんです。

 

「因果応報」という言葉があるでしょう?

「善い行いをすれば善いことが返ってくるし、悪い行いには悪いことが返ってくる」ということですね。

 

瞑想をするというのは「ものすごく善いこと」なんです。

やればやるほど「善いこと」のポイントが加算されていく方式です。

 

反対に妄想は「善くないこと、悪いこと」なんです。

こちらもすればするほど「善くない」ポイントが加算されていきます。

 

ということは妄想を極力抑えて、自分を観察したほうが断然「得」ということになりますね。

 

そうやって地道に自分の観察をを続けていきますと色々と自分の思い込みに気づくようになってきます。

 

だんだんと「あ、私間違っていた!」「私、全然正しくなかった」ということがわかるようになってきます。

 

気付けば気付くほど思い込みが手放せるようになります。

そうやって少しずつ、少しずつ知恵が現れてきます。

 

正しいと思い込むのではなく本当に思考や行動も正しいものになっていきます。

すると次第に理不尽なことが起こっても受け入れられるようになってきます。

 

『共感力を育てて理不尽な状況を乗り越える』に続きます。

こちらも是非読んでみてください。

皆様が幸せでありますように。







記事一覧はこちら→「心を洗う」

 


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