世界の終りとハードボイルドワンダーランドの結末は結局どうなったのか?


何回読んでも、よくわからないラスト

 

 

前回まで「村上春樹さんに学ぶ暗闇人生脱出法」と題して6回に分けて「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の中のキーワードから、どうすれば人生の大逆境時代を乗り越えるかを説明してきました。

 

関連記事:「村上春樹さんに学ぶ暗闇人生脱出法 心の壁」

 

さて、今回は「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の結末が結局どうなったのかを私なりに考察したいと思います。
ただ、まだ読まれていない方はネタバレもありますので、一度読まれてからのほうがよろしいかと思います。



村上春樹さんは結末をはっきりとは書いていらっしゃいません。
それで、以前の私はどこかにヒントがないかと何十回も読み直してみましたが結局どうなったのか自分なりの結論が出せないまま10年くらい経ってしまいました。

 

しかし「経験は力なり」とはよく言ったもので、いろんな経験を経てやっとこの本の結末を自分なりに考察できるようになりました。

 

結局のところ読者が一番気になるのは【ハードボイルドワンダーランド】の主人公である「私」は【世界の終り】にひきこまれてしまったのかどうかということなんですよね。

 

私は【ハードボイルドワンダーランド】の主人公である「私」は【世界の終り】にひきこまれなかったと思っています。

 

なぜかというと、そもそも【世界の終り】で影が死ぬことで【世界の終り】の主人公「僕」は心を失い街の中で穏やかに暮らすというのが前提にあったわけですが、「僕」は影を脱出させて街へ残ることを選択します。

 

【世界の終り】と【ハードボイルドワンダーランド】はおのおのが独立した世界ですが連動もしており影響し合っています。

 

私は【ハードボイルドワンダーランド】の主人公が博士の説明を聞いて、自分の運命を淡々と受け入れたことが非常に重要だったと考えており、
もし主人公が話を聞いて激怒し自分の運命に抵抗しようとしたら、心は大きく動揺し【世界の終り】の主人公にどのような影響を与えていたかわからなかったのです。

 

【ハードボイルドワンダーランド】の主人公が運命を受け入れることを選択したからこそ【世界の終り】の主人公は手風琴を手に入れることができ、愛をとりもどし、唄を思い出せたのです。
(この辺についてはまたあらためて他の記事で書きます)

 

そうして「影」を街から脱出させたわけですが、そもそも「影」だけを街から脱出させるという選択肢自体があり得ない選択だったわけで「愛」が奇跡を起こしたと言っていいでしょう。

 

村上さんが「愛」という言葉を使うのは物語を盛り上げたいから使っておられれるのではなく、村上さんが「愛」を本心から大切と考えていらっしゃるから使われていると私は考えています。

 

関連記事:「村上春樹さんに学ぶ暗闇人生脱出法 愛」

 

心で奇跡を起こしたのなら、現実世界でもまた奇跡は現れるのです。
【ハードボイルドワンダーランド】の主人公は自分の世界で生きていくことを望み【世界の終り】の主人公もまた自分の作り出した世界にとどまることを選択しました。

 

そのため第三回路と第一回路はつながることなく、各々が独立した世界を維持することになったのだと想います。

 

おそらく【世界の終り】の主人公が心を無くすことなく愛を取り戻したことで街もどんどん変わっていくことでしょう。

冬は短くなり、壁もいつかは消滅することでしょう。

図書館の女の子は心をとりもどし、門番や街の人々も次第に心をとりもどしていくかもしれません。

そして【ハードボイルドワンダーランド】の主人公もまた一度は捨ててしまった愛をとりもどしていくことでしょう。

 

この話はそれぞれの主人公が「愛」をとりもどす物語でハッピーエンドなのだと思います。

 

じゃあ、ラストで【ハードボイルドワンダーランド】の主人公はどうして意識が無くなったのかという疑問もあるかもしれません。
「影」がもどってくるには主人公の意識が一度無くなる必要があったのかもしれませんし、なにしろ主人公は睡眠不足で疲れていたので眠くなってもおかしくないと思うのです(笑)。

 

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